それは僕が大学2年の夏休みでした。信州の山奥のキャンプ場で子どもたちのお世話をするというアルバイトをしました。期間は40日。泊まり込みです。全国の子どもたちが3泊4日ずつ8班に分かれてやってくるそのキャンプ場の施設にはそれぞれ変わった名前がついています。本部棟は「たろう丸」、厨房のある管理棟は「グルンパ城」、我々スタッフが寝泊まりするプレハブ2棟は「だるまちゃん」と「かみなりちゃん」。何でそんな名前が付いているのかさっぱり分からなかったのですが、後になって、それらはみんな絵本に登場する主人公の名前だということを知りました。
のちに僕は、ラボ・パーティという子どもの英語教室を運営する会社に就職することになるのですが、このキャンプ場はそのラボの施設だったのです。ラボでは英語劇のようなことをしていましたが、その教材が絵本で、英語と日本語で語られるテープを聞きながら絵本をめくっていきます。それまで絵本にはほとんど縁がなかった僕はとても新鮮な感覚で聞き入りました。その最初に聞いたのが、『だるまちゃんとかみなりちゃん』(福音館書店刊)。だるまちゃんが外に遊びに行こうとしたら雨が降ってきて、雷といっしょに空から落ちてきたのがかみなりちゃん。かわいそうに泣いています。でも大丈夫。かみなりどんが雲の自動車で助けに降りてきて、だるまちゃんもいっしょに雲の上のかみなり町に招待されるという、何とも奇想天外なお話です。
この絵本を描かれたのが、5月2日に92歳で亡くなられた加古里子さん。1968年に刊行されています。当時はまだ加古さんのことなど知る由もなかったのですが、この遊び心がいっぱい詰まった絵本がとても好きでした。かみなり町は何にでもかんにでもツノがはえているとか、文明が発達した未来の都市だったり…。子どもが喜ぶツボを心得てるんですね。
やがて、世帯を持ち子どもができると、我が家では絵本をよく読んでいましたが、子どもたちにも、『だるまちゃんとてんぐちゃん』『だるまちゃんとうさぎちゃん』などの「だるまちゃんシリーズ」は人気でした。そして、『からすのパンやさん』(偕成社刊)もよく読みました。やっぱりあのいろんなパンが出てくる場面にはしばらく釘付けになるんですね。
最近、僕は2014年に出版された加古さんの自叙伝的な『未来のだるまちゃんへ』(文藝春秋刊)という本を読んでいたんですが、こうした楽しい絵本を描いてこられた加古さんの人となりに触れることができました。東大工学部を出られた方がなぜ絵本を描いておられるのか、なぜ子どもの遊びを民俗学的に研究されてきたのか、少し合点がいきました。若いころにボランティアで子どもと関わる活動をされていたことが根っこにあるんですね。じつは僕も大学は工学部で、子どもと関わる活動に足を突っ込んでましたから、ちょっとシンパシーを感じました。でも、加古さんは工学博士となられ、専門的な知識をもとに数々の科学絵本も描かれていて、頭の出来が僕なんかとは全然違う方なのです。
5年前には『からすのパンやさん』シリーズの続編4冊が登場したり、そして何と今年になって、だるまちゃんのお相手に「はやたちゃん」「かまどんちゃん」「キジムナちゃん」という、地方に伝承する妖怪(?)たちが登場する『だるまちゃん』シリーズの新刊が一挙に3冊出たり、まだまだお元気な様子で本当にすごいなあと思ってましたから、今回の訃報はとても残念です。
おおきな木 杉山三四郎