ノー・アザー・ランド 故郷は他にない

 先日、『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』という映画を見てきました。2024年ベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞と観客賞を受賞し、今年アカデミー賞でも長編ドキュメンタリー賞を受賞した映画です。かねてから不条理なことがパレスチナの地で起きていることは知ってはいましたが、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人の居住区で実際に起きていることを記録したこの映画を見て怒りが収まらなくなりました。舞台は西岸地区にあるマサーフェル・ヤッタという居住地区で、そこに生まれ育った若者バーセルはイスラエル軍による占領が進む故郷の姿をカメラに収めてきました。完全武装の兵士やそれに守られたイスラエル人入植者たちに対抗する唯一の手段は、この無惨な行為を撮影し世界に発信することでした。

 イスラエル軍は戦車や大型重機でやってきて、ここに軍の射撃場を作るということを口実に、平穏な暮らしを続けているパレスチナ人に立ち退きを命じます。抵抗する住民の家は重機で無惨に破壊され、子どもたちが通う小さな小学校さえもバラバラにされてしまいます。そして、ライフラインである井戸がコンクリートで埋められたり、送水管を電動のこで切断されたりと、とても人間がやることとは思えない残虐行為も繰り返され、行き場を失った住民たちは、洞穴の中で暮らしてかろうじて生き延びています。

 この映画の監督は4人。2人がパレスチナ人、2人がイスラエル人です。そのうち2人は撮影だけでなく登場もしています。カメラを持ったパレスチナ人のバーセルと彼の元に訪ねてきたイスラエル人ジャーナリストのユバルです。ユバルは初め不信の目も向けられますが、だんだんと友情が芽生え、イスラエルによるこの不条理な

 

破壊行為を何とか映像に収めようと行動をしています。

 パレスチナのもう一つの居住区ガザでは、停戦合意も束の間またイスラエルによる爆撃が続いています。2023年10月7日に起きた、ハマス戦闘員によるイスラエルへの越境奇襲攻撃があって以来、その報復として大量虐殺(ジェノサイド)が行われ、何の罪もない民間人5万人以上が殺され、街は瓦礫の山と化し、住民の90%以上が難民となり、さらにその難民キャンプもミサイル攻撃にさらされているのが現状です。

 なぜパレスチナの人たちはこんな目に遭わなくてはいけないのでしょうか。『ガザとは何か』(岡真理著/大和書房)を読んでみました。イスラエルの建国は1948年。第二次世界大戦終結までの間にナチス・ドイツによって殺されたユダヤ人は600万人。それを生き延びたヨーロッパのユダヤ人325万人が難民となりました。それをどうするかという議論が国連でなされ、「パレスチナを分割し、そこにヨーロッパのユダヤ人の国を創る」ことが決議されたわけです。そのために、元々そこに住んでいたパレスチナ人たちは土地を奪われ、現在の居住区に閉じ込められて、イスラエル軍の監視の元、自由を奪われてしまっています。

 民族浄化の対象となったユダヤ人の一部の末裔が、パレスチナ人を差別し、民族浄化を図っている、というのは歴史の皮肉というか、人類の皮肉というか…。

 この映画に登場するユバルのようなイスラエル人もいれば、アメリカではイスラエルやそれを支持するトランプ政権への抗議デモも起きているのがわずかな救いですが、今私たちにできることは、まず「パレスチナで起きていることを知ること」ではないでしょうか。

おおきな木 杉山三四郎