NHKの連続テレビ小説『あんぱん』。今や日本人なら誰でも知っている絵本やアニメの『アンパンマン』(フレーベル館)の作者である、やなせたかしさん(ドラマでは柳井嵩)をモデルにしたドラマです。やなせさんは1919年(大正8年)生まれで、主人公はその奥様となられる暢(のぶ)さんです。実際には、やなせさんが暢さんに出会うのは、戦後やなせさんが戦地の中国から引き揚げて高知新聞社に勤めていた頃なんですが、ドラマでは幼なじみということになっています。
ドラマで、のぶは女子師範学校を卒業して自分も卒業した地元の小学校で教師をしていますが、師範学校時代には、お国のために戦っている兵隊さんへ送る慰問袋の作成を精力的に行なって、新聞にも取り上げられ、「愛国の鑑(かがみ)」と呼ばれるようになります。
この時代はおそらく1937年(昭和12年)から1939年にかけてのころだと思いますが、昭和12年は盧溝橋事件が起きて日中戦争に突入した年で、昭和13年には国家総動員法ができて、国民も一丸となって戦争へと向かっていくようになった時代です。
のぶの家は「浅田石材店」で祖父が石工をしていますが、そこに住み込みで働いていた若い石工の豪君に召集令状が届きます。豪君のことが好きだった、のぶの妹蘭子は気持ちを打ち明けて結婚の約束もするのですが、やがて豪君の戦死の報が届き、二度と会うことは叶わなくなります。豪君はお国のために勇敢に戦ったのだ、誇りに思うべきだと周りは言いますが、蘭子にとってはそんなのは嘘っぱちにしか思えません。
一方、「愛国の鑑」である姉ののぶは小学生たちに愛国心を教え、男子たちは兵隊さんに憧れていくようになりますが、愛する人を戦争で失った妹のことを思うと、自分がやっていることが正しいのかどうか、本心が揺らぎ始めているようにも見えます。
やなせたかしさん自身も昭和16年に招集され、21年に復員船で引き上げるまで中国大陸で従軍していましたが、『ぼくは戦争は大きらい』(小学館)には自身の戦争体験が語られています。実の弟は特攻隊に志願し戦死しているとのことで、ドラマもしばらくはこの悲惨な時代が描かれていくのでしょう。
今年は昭和100年という節目の年で、終戦後80年でもあります。昭和のはじめ20年は戦争へと向かっていった軍国主義の時代、そして今に至る80年は新しい憲法のもと平和な時代だったと言えるのではないでしょうか。先日5月3日は憲法記念日でしたが、毎年この日には護憲派、改憲派ともに各地で集会が開かれています。僕は、何がなんでも憲法は変えるべきではないとは思いませんが、戦争放棄を謳った日本国憲法第9条は日本人の宝であり、誇りであると思います。
こういうことを言うと、武器を持たずに平和を守るなんて考えは「お花畑だ」という人がいます。しかし、昭和の歴史を見てみれば、武力で平和を守ることはできなかったのは事実だし、戦後80年の間、日本が戦争を引き起こすこともなく、戦争で死んだ人もなく、殺した人もいなかったのも事実です。武力で平和が守れるなんて思っている人の方がよほど「お花畑」なのではと思います。もし「憲法第9条がなかったら」と思うと恐ろしくなります。アメリカが引き起こしたベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争などにも日本は軍隊を派遣していたかもしれません。そして、愛する人を失っていたかもしれないのですから…。
おおきな木 杉山三四郎