僕が 「信州流竹の子汁」 を覚えたわけ

 先月に引き続き、山菜の話で恐縮ですが、今月は竹の子の話をさせていただきます。

 大学を中退してブラブラとしていたころ、僕は長野県信濃町の信越線黒姫駅の近くに住んでいました。駅から徒歩2分、家賃1万円の一軒家でした。裏庭は水芭蕉や秋海棠が咲く湿地で、居住していた部屋の隣には開かずの間があるという古民家でした。この開かずの間は、恐々と一度開けたことがあるのですが、以前住んでいた人の物置きになっていて、壁には古ぼけた遺影のような写真があり、二度と開けることはしませんでした。この家にまつわる逸話は他にもいろいろありまして、一年も経たずに引っ越すことになったのですが、お隣に住んでおられた内山さんという、僕と同世代ぐらいの息子さんがおられるご夫妻と仲良くお付き合いをさせていただいたのが、ここでの唯一のいい話です。ご主人は地元の小学校の先生で、クロスカントリースキーの指導もされていました。近くの居酒屋に誘っていただいたり、料理のおすそ分けをいただいたり、とても親切にしていただいて、いろんなことを教わりましたが、そのひとつが竹の子です。

 ちょうど今ぐらいの時期だったと思いますが、「竹の子狩りに行くから連れてってあげようか」と誘っていただきました。場所は戸隠に近い山の中でした。でも、着いたところに竹が生えているような気配は全くありません。あるのは熊笹の藪。えっ、僕はどこに連れて行かれるのだろうか。ご夫妻は、車の近くの藪にトランジスタラジオを大音量にして吊るしました。こうすれば迷っても大丈夫なのだそうな。と言われてもその意味は僕にはよく分かっていませんでしたが…。

 そして、その後初めて目にする光景が広がったのです。てっきり僕は竹の子は掘るものだと想像していたのですが、違うんですね。この藪は熊笹ではなく根曲がり竹の藪だったのです。ご夫妻は地面から顔を出しているこの細い竹の子をどんどん折り取っては籠に放り込んで行きます。なるほど、これはおもしろい!と、僕もだんだん竹の子探しに夢中になって、気がついたら二人の姿が見えなくなってしまいました。不安になって、「おじさーん、おばさーん!」と叫びました。そうしたら、「どうしたの?」とおばさんが平気な顔をして現れましたが、竹藪の中にいると、すぐ近くにいても姿が見えなくなったりするんですね。

 先日、おおきな木野外塾では、高山市荘川で、この竹の子狩りをする「雪国の春キャンプ」をしましたが、子どもたちも果敢に竹藪に分け入り、竹の子探しをしていました。採った竹の子は、皮ごと炭焼きにしたり、竹の子汁にしていただきましたが、この竹の子汁は内山さんに教わった信州流です。後で知ったことですが、この辺りの人たちが口にする「竹の子」というのは根曲がり竹のことで、この竹の子汁は信州の郷土料理なんですね。竹の子の皮をむいて硬い部分を捨てて茹でる。あとは、じゃがいもと卵、それに鮭缶か鯖缶を使います。鯖缶派の方が圧倒的に多いようですが、僕が覚えたのは鮭缶でした。味はもちろん信州味噌。仕込みは大変ですが、味付けはシンプルですね。

 僕は信州に3年過ごしたのち神奈川で10年。そして、35歳で岐阜に戻ってきましたが、岐阜県でも飛騨の方に行けばこの根曲がり竹があることが分かり、それからは信州流竹の子汁は我が家でも毎年恒例となり、それが野外塾にも引き継がれている、というわけです。

おおきな木 杉山三四郎