県内にも頑張っている店があるよ

 今朝の岐阜新聞を読んでいてびっくり。コラム「分水嶺」に絵本のことが書いてあるので読み進んでいくと、名古屋のメルヘンハウスのことが出てきて、そのあと、「県内にも頑張っている店がある」と書かれています。店の名前は書かれていませんでしたが、野外活動の企画のことも書いてあるし、これはきっと「おおきな木」に違いない。

 「子供には子供の文化がある。主役は自分たちだと思える場所が、健やかな育ちには必要だ。」

 そうです、僕も同じ思いです。

 こんなふうに「おおきな木」の活動を話題に取り上げてもらえて嬉しいです。ちゃんと見ていてもらえたんだと思うと、感動です。岐阜新聞さん、どうもありがとう。

前川喜平さんの講演会に行ってきました

 先日、前川喜平前文部科学省事務次官の講演会に行って来ました。当初200人規模で予定されていた講演会でしたが、あれよあれよという間に参加申し込みが増え、会場を岐阜市民会館大ホールに変更して行われ、結局1400人もの人が集まりました。皆さんご存知の通り、前川さんといえば、昨年、加計問題が国会で取り上げられていたころ、参考人として出席し、加計学園の獣医学部新設の認可を巡って、「総理のご意向」だとする文書が文科省内に存在していたことを、「あったものを、なかったことにはできない」と証言された方です。

 お話を聞いて一番印象に残ったのは、自分の出世のために官邸や政治家先生たちの顔色ばかり伺っている官僚が多い中、前川さんはちゃんと国民の方を向いて、自分の信念を貫いて来られた方なんだということです。教育というのは、個人のためにあるもので、国家のためにあるのではない。そして、すべての人に公平かつ平等になされなくてはいけないんだ、とおっしゃっていました。そしてその視点を弱者やマイノリティーにも向け、夜間中学やフリースクールなどにも力を注いで来られた方であることを知りました。

 今、国会では森友学園の国有地取得に関する決裁文書改ざんが発覚し、首相夫人である安倍昭恵さんの関与が改めて取り沙汰されていますが、加計問題の方は、安倍首相と加計孝太郎理事長は腹心の友であることから、「総理のご意向」という圧力が官邸からかけられたという話です。その渦中にいたのが前川さん。「行政がゆがめられた」とはっきり証言されていましたね。安倍首相は、「岩盤規制をドリルでこじ開ける」とか何とか言ってるけど、それは国民みんなのためではなく、ごく一部の、もっと言ってしまえばお友だちのためだったの?って話なわけで、全くもってひどい話。国家権力による行政の私物化もいいとこです。

 最近、前川さんが名古屋市の中学校に招かれて授業をしたことに対して、文科省から質問状が送られたという事件もありました。テレビの取材で前川さんは、「教育現場への国家権力による不当な介入である」とおっしゃっていましたが、誠にその通り。おまけに、これも二人の自民党議員が文科省に対して圧力をかけていたということが明るみに出ました。こんなふうに国家による監視が当たり前のように行われるようになったら、自由で民主的な教育は成り立たなくなります。

 また前川さんの話ですが、この4月から小学校で教科化される道徳の教科書に、「星野くんの二塁打」という話があるそうです。記憶がちょっと曖昧なのですが、こんなような話です。9回裏1アウトでランナー2塁。1点を取れば勝てるという場面で、星野くんがバッターボックスに立ちます。コーチのサインは送りバント。ところが星野くんはサインを無視しヒッティングに出て二塁打を打ち、勝利した。これをどう思うかという訳です。野球というチームプレイでは、自分が犠牲になって試合を有利に運ぶということも作戦としてあるわけですが、これを、個人の自由よりも自己犠牲(自己抑制)の方が美しいという結論に導いていこうという魂胆があるとしたら、それはちょっと問題です。

 森友問題も加計問題もこれからどの程度真相が明らかにされていくのかさっぱり分かりませんが、国会で答弁される方々は、ぜひ、前川さんのように上からの圧力に屈することなく、ちゃんと国民の方を向いて、真実を述べていただきたいと思います。

おおきな木 杉山三四郎

 

※画像は、日本の教育行政を支えてきたお二人の文科省官僚による対談です。おすすめします。

平昌オリンピックにおける友情物語

 お隣の国韓国でやっている平昌オリンピック。なんかいろいろ言われてたけど、やっぱりオリンピックっていいですよねえ。とくに冬の大会はレースの速さが違うし、その華やかさにおいても、最近はアクロバティックな競技が増えて、益々面白くなってきているように思います。個人的には昔からスキーのアルペン競技が好きで、日本人選手が出ていようがいまいが、滑降とか大回転とかのレースは見逃せません。また、普段はほとんど見ることができないような競技がテレビで見られるのもオリンピックのいいところで、4年に一度の楽しみです。

 また、今大会で日本は過去最多のメダルを獲得していますが、前評判通りフィギュアとスピードスケートが強いですね。メダル候補に挙げられていた選手たちは相当なプレッシャーを感じていたと思いますが、それを跳ね除けて栄冠を手にした彼らに拍手を送りたいです。

 そんな中ちょっとした話題になっていたのが、スピードスケート500mで金メダルを取った小平奈緒選手と銀メダルだった韓国の国民的英雄 李 相花(イサンファ)選手の友情物語。李選手は世界記録保持者で、五輪三連覇がかかっていたんですね。そりゃあもう、開催国でもある韓国国民の期待を一身に背負っていたわけです。ところが決勝で小平選手に負けて悔しい思いをしました。僕もこのレースを生放送で見ていましたが、明暗を分けたものの、それぞれの国旗を手にしたこの二人が抱き合うシーンがありました。美しかったですね。世界を争うアスリートたちは極限まで自分を鍛え上げる努力をしてきていますから、お互いライバルでありながら、尊敬し合う仲にもなってくるんでしょうね。韓国の大手メディアもこのことを好意的に取り上げ、二人を褒め称えていたとのことで、嬉しく思います。

 日本と韓国という国家間のレベルでは、領土問題や慰安婦問題などで未だにぎくしゃくした関係が続いていますが、人と人、つまり国民レベルにおいてはそんなことはどうでもいい問題なのかも知れませんね。ビジネスで韓国にしょっちゅう出張に行っている僕の友人が、フェイスブックでこんなことを書いていました。「取引先の方たちはみんな親日派で、酒の席では慰安婦の話題も出たりしたけど、くだらないよ、韓国だってよその国で同じことしてるしと言い放っていた」と。たぶんそんなもんなんだと思います、一般国民レベルでは。

 しかし、韓国においては反日を、日本においては嫌韓を叫ぶ人たちが少なからずいることも事実です。インターネットを見ていると、相手を傷つけるような投稿が平気でされているのを時どき見かけますが、ああいう人たちというのは、人を蔑むことでしか自分のプライドが保てないのかなあと勘ぐってしまいます

 国が違えば、言葉も違うし、見た目も違う。そして、歴史観も違ったりするので、領土問題などもずっと平行線をたどるしかないんでしょうね。しかし、自分の主張ばかりを通して、相手を罵倒するような態度からは何も生まれません。相手を理解し思いやる気持ちがあってこそ信頼関係が生まれるわけですからね。ビジネスにおいてもスポーツにおいても、お互い信頼し合うことが大切なんだと思います。

 人間には大きく分けて二つのタイプがあるのではないかと最近思います。つねに相手のいいところを見ている人間と、悪いところばかり見ている人間です。信頼関係を築いていくには、相手のいいところを見る努力をしなくてはと、自戒も含めて思う次第です。

おおきな木 杉山三四郎

みんなちがって、みんないい ことば塾と野外塾

 おおきな木では、店のオープンと同時に、「ことば塾」と「野外塾」の二つの会員制の活動を始めました。あれから24年。今年4月から第25期を迎えます。

 ことば塾は当店2階のイベントスペースで、月に二回、親子で僕の絵本ライブを楽しんでもらったり、リズム遊びやことば遊びをしたり、工作やおやつ作りなどをして過ごす時間です。一歳半から会員になっていただくことができます。

 野外塾は毎月、岐阜市内の山の中でデイキャンプをしたり、昆虫採集や水の生き物採集をしたり、ときには泊りがけでキャンプに出かけたりという特別プログラムも年数回あります。こちらは、年長さんから中学生までが会員対象年齢になります。

 で、そもそも何でこういう活動を始めたのかというと、子どもたちを大人の価値観で縛るのではなく、子どもの目線に立ったプログラムを用意して、あくまでも子どもたち自身の意思で参加できる自由な活動をしたいという思いがあったからです。ですから、塾とは言ってもとくに決まったカリキュラムがあるわけでもないし、時間割もめあてもありません。あるのは、誰にも縛られない自由に過ごせる「時間」と、子どもがワクワクするような魅力的な「空間」と、いっしょに過ごせる「仲間」。僕はこれを「三つの”間”」と呼んでいますが、この三つが子どもが育つ環境として一番大事なものだと考えています。

 野外塾のデイキャンプを例にとると、集合時間と解散時間、そして一日を過ごすフィールドは決まっていますが、その間をどう過ごすかはみんなそれぞれです。参加してくれたみんなが喜んでくれそうなことをいろいろ用意はして行きますが、中にはそんなことには目もくれず、ひたすら川で遊んでいたり、ずっと焚き火のそばでおしゃべりをしていたり、落とし穴作りに没頭していたりする子もいます。でも、それでいいんです。退屈していないということは、「空間(場)」の力であり、気が合う「仲間」の力だったりするわけですからね。

 「人はみんな違っていていいんだ。がんばりすぎないで、ぼちぼちいけばいい」。これは僕のオリジナル曲『子どもたちよ』の一節。「すずと、小鳥と、それからわたし、みんなちがって、みんないい」。これは、昭和5年に26歳の生涯を閉じた金子みすゞの詩『わたしと小鳥とすずと』の一節。そうです、「みんなちがってみんないい」んです。これって、ことば塾や野外塾の基本なのかもしれません。

 学校では、「クラスをまとめる」という言い方がよくされますが、それってどういうことなんだろうとちょっと考えてしまうことがあります。みんな違うのに、ひとつにまとめようとすれば、気が向かない子も当然出てくるだろうし、やりたくてもできない子もいる。まとめようとすれば、はみ出す子も出てきます。野外塾ではまとめようなんて意識はそもそもありませんが、学校とは違って、いろんな年齢の子がいるので、無意識のうちに助け合って遊んでいるという光景が見られたりします。喧嘩はたまにありますが、陰湿ないじめのような行為は今のところ見たことがありません。

 ときどき、小学校などで絵本ライブ公演をすると、「人権についての話を子どもたちにしてほしい」と言われることがありますが、この「みんなちがってみんないい」という考え方、大げさかもしれませんが、これ、人権の基本なんじゃないかと僕は思います。

おおきな木 杉山三四郎 

いいことあるよ、朝のウォーキング

 私ごとで誠に恐縮なんですが、半年ほど前に喉と胸のあたりに違和感を感じて、「ひょっとして癌かも!」とドキドキしながら近所の耳鼻咽喉科に診てもらったら、どうやら胃液が逆流して食道を痛めているのでは、とのこと。逆流性食道炎というやつです。でも、薬を飲んでもなかなか治らないので、またまた不安になって、今度は内科で診てもらうことに。で、そこでアドバイスされたことが、軽い運動のススメ。そして、脂っこい食事とアルコールと炭酸飲料をやめること。でも、これは無理だろうから、ま、控えめにしてください、と。

 そこで、9月になってから始めたのが朝のウォーキング。今まだ続いているので、まもなく4か月ぐらいになります。コースは長良川沿いに4コース。その日の気分で決めます。背筋をピンと伸ばし、速度は散歩と競歩の中間ぐらい。時間は30分〜1時間。歩数は4000〜7000歩ぐらいになります。始めて2か月経ったころから体に変化が現れました。まず体重が3kg減って10年ぐらい前の体重になりました。あと3kg痩せると20代のころにもどりますが、その後変化はありません。そして、気がついたら喉と胸の違和感がほとんど消えていました。

 そんなわけで、健康のためにと始めたウォーキングですが、他にもいいことがたくさんありました。インスタ映えの金華山や伊吹山などの景色が毎日違うこと。清流長良川の水の音に心が癒されること。土手や河原に咲く野の花や実を見つけたり、鳥もいろいろいます。今の時期には、モズ、ジョウビタキ、ホオジロなどが薮を飛び交い、カルガモやマガモが川面を漂って、のどかです。こんな景色の中を歩いていると、いろいろと物思いにもふけります。仕事のアイデアが浮かんだり、ライブのセットリストを考えたり、歌詞を頭につめこんだりと、ま、その程度のことですけどね。

 また、歩いているといろんな人に出会います。毎朝、ただぼーっと川を見つめて座っている人。タバコを吸いに来たと思われるおじさん三人組。犬の散歩をする人(これが一番多いかも)。犬種では圧倒的に柴わんこで、あの情けない目に癒されます。そして、猫に散歩をさせてる近所のおばちゃんも。通学を急ぐ高校生の銀チャリ軍団の合間を縫って河川敷に降りると、僕の自転車が10台も20台も買えそうな高級車で滑走するライダーたち。僕と同じようなウォーキングの人やランナーもたくさんいて、中にはいつも会う人もいます。

 そして、今はもういなくなってしまいましたが、11月ごろまでは、長い竿を振り回している釣り人が何人かいました。落ち鮎漁です。ウォーキングの足を止めて眺めていると、結構釣れてるんです。餌も付けずに何本かの鉤をつけた仕掛けで鮎を引っ掛けて釣る「ガリ釣り」という釣り方ですが、見てると一投ごとに1〜2匹かかっている人がいて、ある日、釣り終わった見知らぬ釣り人に、「よく釣れますねえ」と声をかけたら、なんと1時間半の間に70匹ぐらい釣れたとのこと。「よかったらあげるよ」と言われて、「えっ、ほんとですか。じゃあ2〜3匹ください」と言ったら、「全部持ってってちょ」と70匹もの鮎をいただいてしまいました。毎朝、釣れすぎて困っとるんだそうな。うらやましい!

 というわけで、10月のこのある日、天然鮎70匹をかかえて朝のウォーキングから帰って来るという偉業も達成したのであります。で、70匹もの天然鮎はどうなったのかって? どうぞご心配なく。ちゃんと誰かのお腹の中に入りましたよ。ほんと、岐阜っていいとこだ!

おおきな木 杉山三四郎 

本屋で本が売れない時代がやってきて…

 今年も師走となりました。一年があっという間に過ぎた、としみじみ思う時期です。みなさん、今年はどんな年だったでしょうか。僕の場合、昨年末から、友人や身内の不幸が続いて、寂しい気持ちが募ったり、この春から引き受けた自治会長の仕事ではご近所の方たちからお叱りばかり受けて落ち込んだり、あまりいいことがなかったような、そんな年でした。

 そして先日、児童書業界に衝撃が走るニュースが飛び込んできました。名古屋にある児童書専門店メルヘンハウスが来年3月で店を閉めることになったというのです。メルヘンハウスといえば日本初の児童書専門店と言われた店です。後継ぎも決まってうらやましいなと思ってましたが、やはり時代の流れには乗れなかったということでしょうか。中日新聞の取材に社長の三輪さんは、「経営理念と売り上げを何とか両立してきたけれど、100%売上重視のネット通販にはかなわない。これ以上頑張っても厳しいと判断した」とおっしゃっています。

 インターネットが普及し始めたころからいつかこんな時代がやって来るのではという予感がありましたが、とうとう現実になってきてしまいました。今から数年前のことになりますが、テレビの取材で、東京の大手書店の店長さんが、「本屋で本が売れなくなった時代が来た」とおっしゃっていたことが耳に残っていますが、本当にそのとおりになってきました。ネットショップは巨大バーチャルデパートで、そこに行けば何でも買うことができる。確かに便利です。服や電化製品を買うのと同じ感覚で本も買う時代になったのです。

 おおきな木は開業して24年目になりましたが、「子どもと本の素敵な出会いが生まれる場所にしたい」という思いがありました。そう、本屋というのは出会いの場だと思ってましたからね。僕自身、本屋を始める前からいろんな本との出会いを求めてふらふらと本屋で時間を潰すことをよくやってました。仕事の帰りに我が子に絵本を一冊買って帰るのも楽しみでした。ある本との出会いで目からウロコが落ち、人生の舵取りを大きく変えるきっかけにもなりました。脱サラをし、今の商売を始めたのもその本の影響大です。

 こうした出会いはバーチャル書店には全くないとは言いませんが、やはりその場で実物を手にとって、表紙や目次、そして本文をパラパラとめくって飛び込んでくる言葉やイメージ。それに惹かれて購入する。そのワクワク感は、パソコンやスマホの画面にはありません。

 また、最近では悔しい思いをすることも多くなりました。絵本ライブや保育士さんなどの研修に講師で出かけていっても、本や自作のCDの販売をさせてもらえないことが時々あるんです。本屋を講師に呼んでおいて本を売るなとはどういうことかと言いたいです。子どもたちが喜んでくれる、親子で幸せになれる、そんな絵本をいっぱい紹介しても、その絵本の注文はネット通販に行ってしまうのかと思うと本当に悔しいです。もちろん、おおきな木まで足を運んでいただける方も少なからずありますから、販売ができなくても出張公演はずっと続けていこうとは思ってますけどね。

 本屋に限らず、今やバーチャル店舗はますます増えています。このまま増え続けたら、文化の継承地としての役目を果たしている町が消えていくことになるのかも。寂しいですね。おおきな木もいつまで続けられるか分かりませんが、子どもたちの笑顔が溢れる場として、本を売り続けていきたいと思っています。

おおきな木 杉山三四郎 

意味不明の解散、不可解な総選挙

 選挙が終わりました。そもそも今回の選挙はいったい何のための選挙だったんでしょう。そんな空虚感だけが残ってます。

 アベ軍団の殿様のツルの一声で突然解散。消費税増税分の使い道を変えたいから国民の審判を受ける? 国会の場で全く議論もされていないのに、えっ、なんでなんで? 北朝鮮のミサイル攻撃をどうするか。だから選挙? 悪いけど、意味がさっぱり分からん。

 そのアベ軍団の攻撃に立ち向かわんと準備を始めていたコイケ軍団。突然の解散に大慌てで旗揚げ。人気絶頂の女城主コイケ姫にあやかってすり寄ったのがマエハラ軍団。始めは大きな勢力になると民衆の注目を浴びたものの、「わたしの言うことを聞かない人は排除します」と恫喝されて、マエハラ軍団はいきなりつまづいて内部崩壊。踏み絵を踏めず排除された輩が続出し、それならばとエダノ軍団を旗揚げ。結果、なんとコイケ軍団を上回る勢力にはなったものの、圧倒的勢力を誇るアベ軍団が、弱小軍団の混乱に乗じてさらに勢力を増し、圧勝を許すことになった。

 とまあ、今回の選挙は簡単に言えばこういうことですが、やっぱり分からないのは、内閣不支持率が支持率を上回っていると言うのに、自民党が圧勝するということですね。集団的自衛権を認める安保法を強行採決した時とか、森友・加計問題でいい加減な答弁を繰り返していたときとかに支持率がぐっと落ちているわけだから、国民は選挙の時にちゃんとその意思表示をすべきだろうと思うのですが、できない人がたくさんいるんでしょうね。そして、他に入れるところがないからという声もあります。だから、長いものに巻かれておけばいいって考えるんでしょうか。

 また、今回は台風が直撃し、神風が自民党に吹きました。台風のせいで投票率は伸びず、戦後最低の前回をわずかに上回っただけ。出口調査で支持政党なしと答えている人の投票先は「立憲民主・共産・社民」がトップで、無党派層にはリベラル志向があると見られているだけに、低投票率は与党有利に働くわけです。

 また、比例区における自民党の得票率は30%そこそこ。なのに、三分の二近くの議席を得てしまうという小選挙区制はやっぱおかしいと思います。

 しかし、結果は結果として受け止めなくてはいけないのですが、あんなに安保法制に反対していた民進党議員の多くが踏み絵を踏んで寝返ったせいで、改憲勢力がグンと増えてしまいました。スケジュールありきではないと安倍さんは言ってますが、北朝鮮の脅威を口実に9条の改悪に手をつけ始めることは間違いないわけで、それこそ脅威です。今まで、アメリカの同盟国でありながら、アメリカが仕掛けて来た戦争に日本が軍隊を送ることなく来られたのは、9条が歯止めになっていたからだし、戦後72年、日本人は戦争に巻き込まれて誰ひとりとして殺されることなく、誰ひとりとして殺すことがなかったのは、「二度と戦争はしない」と誓った日本国憲法のおかげです。軍事力では国を守ることはできなかったという歴史から学んだ憲法なのです。なのに、今国民が長いものに巻かれていたら、その教訓も忘れ去られてしまいますよ。

 最後に安倍さんにお願いです。戦争をしないためにはまず敵を作らないこと。そして簡単に怒らないこと。北朝鮮の挑発に乗せられて頭にきているトランプさんに、ぺこぺこ頭を下げてついていかないでください。

おおきな木 杉山三四郎 

「平和って、戦争をしないこと」では…

 最近、ずっと考えている素朴な疑問があります。それは、「平和ってなんだろう?」ということです。ひと言で言ってしまえば、「平和って、戦争をしないこと」ですよね。だとすれば、武力によって平和を守るという考え方は、そもそも論理矛盾を起こしてるのではないかと。平和を守るためだとか、自国防衛のためだとかという理由であっても、武力を使った時点でアウトです。武力行使で人が死ねば、もう平和とは言えないでしょ。

 日本国憲法第9条には、国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄しますということと、そのための戦力は持たないし、交戦権も認めません、と書いてあります。国家間でもめごとがあったときには、武力によるのではなく、話し合いで解決しなくてはいけないということです。武力ではなくて「言葉の力」を信じようというのが9条の精神でしょうね。

 ところが、あの「積極的平和主義」を唱える安倍総理は、この部分(第9条第1項、第2項)は変えずに、もう1項を加えて、自衛隊を明記すると言っていますが、軍隊として位置付けるわけにはいかないわけだから、これも論理矛盾を起こすことになるんじゃないかと。いったいどうするおつもりなのでしょうか?

 最近、もうひとつ不可解なのが、北朝鮮によるミサイルや水爆実験。核を持つということが、なぜ自国の利益につながるのか、いろいろ想像力を巡らせてみてもよく分からないし、なぜあんなにアメリカを敵視するのかもよく分かりません。トランプ政権になってからミサイルがよく飛ぶようになってきましたから、ただ、トランプが嫌いなだけではないのかと…。

 一方、アメリカだって、核を持っているくせに平和の説教をしているとはおかしな話だし、インドやパキスタンの核保有については何にも言わないのに、何で北朝鮮はダメなのかもよく分からん。

 ま、それはともかく、要するに北朝鮮がやっていることは挑発行為でしょ。そんなの放っておけばいいのにと僕なんか思いますが、どうなんでしょう? その挑発に対して、トランプはそれこそ犬の遠吠えのように吠えまくるもんだから、金正恩はますます踏ん反り返っているような雰囲気です。テレビのニュースを見ている限り、ちびのロケットマンと言ってみたり、老いぼれジジイと言ってみたり、二人の罵り合いはほとんど子どもの喧嘩と同じですよね。もうこうなったら、ロケットマンと老いぼれの一騎打ちでもやったらどうでしょう。

 しかし、そんなのは戦国時代の話であって、現代の戦争においては、戦争を始めるのは富裕層、戦場に送られるのは貧困層。犠牲になるのは一般市民。北朝鮮のミサイルもどこに落っこちてくるか分かりませんから、穏やかではありませんが、もっと怖いのは、挑発に乗せられてアメリカが軍事行動をとることです。そうなったら日本も巻き込まれることになるのは必至。先日、国連総会の折、安倍さんも「対話ではなく制裁」だ、どこまでもトランプさんについていきますよと、「トランプべったり宣言」をしてますから、本当に怖いです。

 ところで日本の国会。またまた根拠不明の衆議院解散と総選挙。野党がごちゃごちゃしている今をチャンスとばかりに夜討ちをかけようという魂胆見え見え。とはいえ、国民としてはしらけてばかりもいられません。今こそ「NO!」を突きつける時です。何を? もちろん、「戦争 NO!」です。平和=戦争をしないこと。この当たり前のことをしっかり胸に刻んでおきましょう。

おおきな木 杉山三四郎 

沖縄。ここは本当に日本なんだろうか

 今年もあっという間に夏が通り過ぎて行きました。毎年のことですが、おおきな木野外塾では4つのキャンプがあり、その合間を縫って絵本ライブの公演をしと、イベントに追われて超多忙の日々を過ごすというのがここのところの僕の夏です。今年はおまけに、訳あってお盆の時期に親戚が我が家にドドっと押しかけ、滞在するという騒ぎもあり、本当に怒涛の毎日でした。

 そんな今年の夏のイベントの最後となったのが、野外塾の「沖縄ざまみツアー」。慶良間諸島の座間味島で2泊し、那覇に戻って1泊というスケジュールです。

 毎年訪れる座間味島ですが、あの青く透き通った海を見ると心が洗われます。那覇から高速船で1時間ほどの距離なのに、本島とは比べものにならない美しさです。青い海、青い空、白い雲、白い砂浜。海に潜れば、色鮮やかな魚たちと珊瑚などの海洋生物の数々。これぞ、美ら海(ちゅらうみ)。虜になった大勢のダイバーたちがこの島を訪れます。しかし、この島にも暗い過去があり、太平洋戦争末期には地獄と化した悲惨な歴史を持つ島でもあることも忘れてはいけません。島にはその歴史を刻む平和の塔があり、村長や助役を始め、大勢の島民が集団自決で命を絶ったことが記されています。

 今回の野外塾のツアーは、この島で海を堪能し、那覇で沖縄の文化に少々触れてみる旅でしたが、毎回思うのは、本当にここは日本なんだろうか、ということです。公用語は日本語かも知れませんが、独特な沖縄言葉(ウチナーグチ)がある。食べ物も独特な沖縄料理がいっぱいある。酒といえば泡盛だし、ビールといえばほとんどがオリオンビール。音楽は三線で唄う島唄。顔つきもウチナンチュは独特です。元々、遠く海を隔てて、内地とは違う歴史を辿ってきてますから、違う文化がある

 

のは当たり前なんでしょうけどね。

 また、昔からの伝統を大事にすることが文化を守ることのように一般的には思われますが、その考え方はちょっと違うということが沖縄にいると分かります。たとえば島唄とも呼ばれる沖縄民謡。昔から歌い継がれているものばかりだと思っていましたが、沖縄の知人に言わせれば違うんです。「沖縄のみんなに歌われるようになったら、それが沖縄民謡なんだ」って。だから、今のプロの歌手が歌っている新しい歌でも、ウチナンチュに愛されて、みんなが歌うようになったら沖縄民謡といえるんですね。そこがすごいって思いました。

 さて、沖縄を訪れる人たちが一度は足を踏み入れるのが那覇の国際通りですが、今やその名の通り、外国人観光客ですごいことになっています。店の案内表示は、日本語の他に、英語、中国語、韓国語で表記され、店員も簡単な会話は心得ているようです。その国際通りから一歩市場に足を踏み入れると、そこはほとんど東南アジア諸国の市場と変わらない風景が延々と続きます。物価も安くて、食べ物がとにかく安い。沖縄そばはだいたい300〜500円が普通。300円前後で手作りの弁当が買えます。生ビール2杯と刺身の盛り合わせのセットで1000円という魚屋には今回も行って感激。好きなお酒2杯とつまみが1品のセットで500円という「モーニングサービス」がある居酒屋も発見しました。

 しかし、この界隈にも外国人客は押し寄せ、観光施設の牧志公設市場もおそらく中国人と思われる団体さんに占拠されていました。席取りに関しては、日本人はどうしても彼らには勝てませんから、一本、二本違う筋に入って、穴場を探すというのが僕のおすすめです。

おおきな木 杉山三四郎 

絵本ってどんな風に読んだらいいの?

 おおきな木を始めて24年目となりました。今でこそ自分を「読み聞かせの達人」とか言ってるんですが、店を始めたころは、どんな風に読んだらいいのかまだまだよく分かっていませんでした。というより、絵本の読み方については専門家の方々のご意見もいろいろで、迷いがあったんでしょうね。とくに、「感情を込めないで、淡々と読むべし」というご意見にはずっと引っかかってました。サラリーマン時代、CD付き絵本の制作をしていた時期がありましたが、プロではない子どもたちを相手に録音演出をすることもあり、豊かな感情表現をどう引き出すか苦心していました。無表情なセリフを録っていては商品になりませんからね。読み聞かせでも感情が込もらない言葉はNGなんじゃないかと。

 「感情を込めないで」とおっしゃる根拠は、こんなところにあるかと思います。オーバーな感情表現は聴いている子どもたちの想像の妨げになる。あるいは、あくまでも主役は絵本であって、読み手が目立ってはいけない。こんなところでしょうか。中には、読み手は顔を隠した方がいい、という方もおられました。

 でも、今の仕事になって頻繁に読み聞かせをするようになると、その迷いはだんだんなくなってきました。絵本を聞いてくれる子どもたちは、まず、読んでくれる人の顔を見ます。赤ちゃんはとくにそうです。絵本の絵よりも読んでくれる人の顔の方に関心が行ったりしますが、これは絵本に関心がないのではなく、当たり前の現象なんです。言葉を発しているのはその人なんですから。だから読み手の表情は大切です。赤ちゃん絵本は、擬音語・擬態語が多く使われていたりしますが、これは声に出してこそ生きてくる言葉です。体が感じたそのままが声や顔の表情となって表れるのが自然です。

 僕は、絵本を歌う「絵本ライブ」を20年以上続けてきましたが、歌ったら楽しいだろうなあと思える絵本って少なからずあるんですね。言葉自体がリズミカルだったり、自然と体が動いたり。そんな絵本を歌にしていたら子どもたちが結構喜んでくれるようになって、「うん、これでいいんだ」という自信につながっていきました。今ではこのレパートリーが4枚のCDになっていますが、学校や保育の現場などでも使っていただけるようになって嬉しい限りです。どんどん真似してください。

 さて、ではストーリーの絵本はどうでしょうか。これもやっぱり読み手の表情は大切です。登場する人物や動物たちのセリフには、どれもいろんな気持ちが奥に隠れていて、その気持ちを素直に表現したいものです。オーバーな身ぶり手ぶりは必要ありませんが、自然に湧き出てくる感情というのがあるはずです。

 と、ここまで書きましたが、あまり難しく考えないでくださいね。頭で考えるのではなく、まずは実践。自分流で構いません。上手に読もうなんて思わなくていいです。僕自身は、絵本はあくまでも子どもたちとのコミュニケーションツールだと思っていて、それが楽しくて我が子にも絵本を読んできたし、それを基準に絵本も選んできました。聴いてくれる子どもたちといっしょに楽しむ気持ちがあれば、まずはそれで十分です。

 数年前から、毎月定期的に読み聞かせに行っている保育園が二園ありますが、いつも僕が顔を出すだけで子どもたちの歓声が沸き起こり、大騒ぎ。ひょっとして、おじさん、アイドル? 絵本がなかったら、こんなふうに子どもたちに愛されることはなかったと思うので、本当に絵本があってよかったな、と思っています。

おおきな木 杉山三四郎 

ベトナムにおける道路の横断方法について

 先日、二度目のベトナム旅行に行ってきました。前回はホーチミン市でしたが、今回は首都ハノイ。前回同様、ベトナムに行ってまず驚くのが街の喧騒。とにかく人も車も多い。そして、何よりも多いのがバイクです。一番の賑わいを見せている旧市街は狭い道路が網の目のように走っていて、そこをびっしりと車やバイクが埋め尽くし、あちこちでクラクションは鳴りっぱなしです。

 日本の道路においては、「歩行者優先」という概念は当たり前のように定着していますが、ベトナムではそんなの全く関係なし。おまけに信号はほとんどありません。なので、どうやって道路を横断したらいいのか迷います。手をあげても車は止まってくれないし、途切れることもほとんどないので、日本のようなやり方ではいつまで経っても渡れないわけです。

 さて、ではどうしたらいいのか。歩いているうちにだんだん分かってきますが、思い切って、じわじわと道路に飛び出せばいいんです。するとバイクも車も避けてくれます。止まってはくれません。が、こちらも止まってはいけません。一定のスピードで堂々と歩いて行くのです。結構怖いですよ。少しは慣れましたけどね。

 では、信号がある交差点ではどうでしょう。青になったら安心して渡れると思ったらこれも大間違い。直進車両は赤信号でちゃんと止まってくれるんですが、右折車(ベトナムでは車両は右側通行です)はどうも信号に従わなくてもいいようで、横断歩道を歩いていても右折車は平気で突っ込んできますからね。

 ハノイでは、市内の移動手段となる公共交通機関はバスだけ。車は一般庶民には高価。ということで、バイクが市民に不可欠の足となってるんでしょうね。おまけに、ベトナムは蒸し暑いので、家にいるよりもバイクで走り回っていた方が過ごしやすいのでは、といった憶測もあります。二人乗りはあたりまえで、中には家族4人で乗っているケースもたくさんあります。

 今回、我々はハノイの中心市街地をずっと徒歩で巡りましたが、歩道もバイクで埋め尽くされていて、それを縫って縫って縫って歩くわけです。また、歩道だけでなくなんと鉄道の線路の上に駐輪してあるのもありました。ま、電車は一度も見かけませんでしたけどね。

 と、ここまで書きましたが、何でこんなベトナムにまた行ったのかですね。いろいろあるんですが、まずは食べ物。安くてうまい。ベトナム料理といえば、フォーや春巻などが思い浮かぶかと思いますが、フォーの店は無限にあります。ベトナム人の主食はフォーなんでしょうかね。僕もフォーが一番好きです。さっぱり目のつゆに、ライムをたっぷり絞って、パクチーと唐辛子をトッピング。いいですねえ。

 ちょっと変わったところでは、飛び込みで入った街中の小さなレストランで食べたカエルのグリル。焼いても皮膚の模様がまだ残っていてなかなかグロテスクでしたが、味は鶏のささみのような感じで、さっぱりとしてます。後でガイドさんに聞いた話では、カエルやヘビはなかなかの高級料理だとか。

 ベトナムにいると金銭感覚がちょっと狂います。1万ドンが日本円で約50円。高級レストランで食事をし、ビールやワインも飲んで、二人で1ミリオン。「えっ、やばい!」って一瞬ドキッとするんですが、5000円なんですよね。街中のベトナム風居酒屋だったらビールはだいたい100円だし、二人で1000円(20万ドン)あればお腹いっぱいおいしい料理が食べられますよ。

おおきな木 杉山三四郎 

僕が 「信州流竹の子汁」 を覚えたわけ

 先月に引き続き、山菜の話で恐縮ですが、今月は竹の子の話をさせていただきます。

 大学を中退してブラブラとしていたころ、僕は長野県信濃町の信越線黒姫駅の近くに住んでいました。駅から徒歩2分、家賃1万円の一軒家でした。裏庭は水芭蕉や秋海棠が咲く湿地で、居住していた部屋の隣には開かずの間があるという古民家でした。この開かずの間は、恐々と一度開けたことがあるのですが、以前住んでいた人の物置きになっていて、壁には古ぼけた遺影のような写真があり、二度と開けることはしませんでした。この家にまつわる逸話は他にもいろいろありまして、一年も経たずに引っ越すことになったのですが、お隣に住んでおられた内山さんという、僕と同世代ぐらいの息子さんがおられるご夫妻と仲良くお付き合いをさせていただいたのが、ここでの唯一のいい話です。ご主人は地元の小学校の先生で、クロスカントリースキーの指導もされていました。近くの居酒屋に誘っていただいたり、料理のおすそ分けをいただいたり、とても親切にしていただいて、いろんなことを教わりましたが、そのひとつが竹の子です。

 ちょうど今ぐらいの時期だったと思いますが、「竹の子狩りに行くから連れてってあげようか」と誘っていただきました。場所は戸隠に近い山の中でした。でも、着いたところに竹が生えているような気配は全くありません。あるのは熊笹の藪。えっ、僕はどこに連れて行かれるのだろうか。ご夫妻は、車の近くの藪にトランジスタラジオを大音量にして吊るしました。こうすれば迷っても大丈夫なのだそうな。と言われてもその意味は僕にはよく分かっていませんでしたが…。

 そして、その後初めて目にする光景が広がったのです。てっきり僕は竹の子は掘るものだと想像していたのですが、違うんですね。この藪は熊笹ではなく根曲がり竹の藪だったのです。ご夫妻は地面から顔を出しているこの細い竹の子をどんどん折り取っては籠に放り込んで行きます。なるほど、これはおもしろい!と、僕もだんだん竹の子探しに夢中になって、気がついたら二人の姿が見えなくなってしまいました。不安になって、「おじさーん、おばさーん!」と叫びました。そうしたら、「どうしたの?」とおばさんが平気な顔をして現れましたが、竹藪の中にいると、すぐ近くにいても姿が見えなくなったりするんですね。

 先日、おおきな木野外塾では、高山市荘川で、この竹の子狩りをする「雪国の春キャンプ」をしましたが、子どもたちも果敢に竹藪に分け入り、竹の子探しをしていました。採った竹の子は、皮ごと炭焼きにしたり、竹の子汁にしていただきましたが、この竹の子汁は内山さんに教わった信州流です。後で知ったことですが、この辺りの人たちが口にする「竹の子」というのは根曲がり竹のことで、この竹の子汁は信州の郷土料理なんですね。竹の子の皮をむいて硬い部分を捨てて茹でる。あとは、じゃがいもと卵、それに鮭缶か鯖缶を使います。鯖缶派の方が圧倒的に多いようですが、僕が覚えたのは鮭缶でした。味はもちろん信州味噌。仕込みは大変ですが、味付けはシンプルですね。

 僕は信州に3年過ごしたのち神奈川で10年。そして、35歳で岐阜に戻ってきましたが、岐阜県でも飛騨の方に行けばこの根曲がり竹があることが分かり、それからは信州流竹の子汁は我が家でも毎年恒例となり、それが野外塾にも引き継がれている、というわけです。

おおきな木 杉山三四郎