生き物好きの男子大学生たちは今…

 前にもこの欄でネタにさせてもらった二人の男子のことをまた書かせていただきます。彼らは今、大学一年生。小学生の時からおおきな木野外塾に来ていた子です。高校生のとき、Yフレンドという名称の子どもたちのリーダー的存在で活躍し、今年の春、I君は新潟大学農学部、N君は琉球大学理学部に進学し、岐阜を離れました。

 二人の共通点は生き物好きの飼育マニア。フェイスブックをやっているI君はときどき彼のペットを動画で紹介してくれます。ペットといっても、トビイロケアリの女王アリとかワラジムシとかカエルとかニホンカナヘビで、先日の学祭では、所属サークルの展示で、可愛がっている2匹のナガレヒキガエルを出演させて、達成感を十二分に味わうことができたと書いていました。

 僕が大学生の時は、学祭というと、所属していたフォークソング同好会のコンサートに出演して女の子たちの気を惹いていい気になっていましたが、I君の学生生活にはそんなやましい心は一切ないようです。

 一方、琉球大学に行ったN君はというと、あまり情報がないので何をやってるのかよく分からないのですが、夏に沖縄で会ったときには、夜の海にしょっちゅう潜っているようで、いっしょにシュノーケリングをしたときには、「この岩の下にネッタイミノカサゴとキミオコゼがいるよ」などと魚の名前をいろいろ教えてくれたりしました。そして先日、彼からLINEで届いた写真は血まみれになったカメの写真。説明がなかったので、「何これ?」って聞いたら、「ぽん」という答え。ははあ、スッポンの解体をしていたわけですね。彼は高校生のときから、ウナギやヘビをさばいて食べたりしてましたから、こんなのはさほど驚くことではありません。

 こんな二人ですが、一般的にはやはりちょっと変わっているわけで、中学や高校では浮いた存在だったようです。でも、野外塾では年下の子たちの憧れの的で、N君などは学校ではほとんどしゃべらないちょっと変なやつなのに、野外塾では子どもたちともよくしゃべってテキパキと動くやつなのです。

 学校というところは、みんな一斉に同じことをやらせて競わせるという仕組みになってますから、彼らのような生徒はそんな仕組みには馴染めないのは当然でしょうね。でも、「みんな違ってみんないい」を実践している野外塾では、みんなそれぞれやりたいことを自由にやってます。でも、ただ放ってあるというわけじゃないですよ。子どもたちが自然の中で遊べそうなことをあれやこれやと用意していきますからね。それをおもしろいと思える子はやるし、そうでない子は他のことをしている。退屈してる子がいなければいいと思ってます。そんな環境が彼らの肌には合っていたんでしょうね。

 そして、大学に進学したら全国から生き物好きが集まってきているので、そこでは彼らは全然フツーなわけです。彼らに言わせると、尊敬するスゴイ先輩がいろいろといるようです。おそらく授業もサークルも楽しいんだろうなと推測します。自分の好きなことがちゃんとあって、その道に進めている彼らは幸せもんです。偏差値教育に振り回されて、よりレベルの高い学校に進学することが目標になっている子たちとはちょっと違います。

 今年の夏、里帰りしてきた彼らも野外塾のキャンプに参加してくれましたが、相変わらずの人気者ぶりを発揮していました。野外塾では、彼らを見て育ってきた中学生たちも徐々に個性を発揮し始めて「おもろい連中」になってきているので、これからが楽しみです。

おおきな木 杉山三四郎

韓国の人気絵本作家ペク・ヒナさんのこと

 先日、児童書の出版社ブロンズ新社の新刊説明会があり、京都まで行って参りました。ただの新刊説明会ならわざわざ京都まで行かないんですが、今回はスペシャルゲストに、韓国の人気絵本作家であるペク・ヒナさんと、その翻訳者である長谷川義史さんが来られるということで、ワクワクしながら行って参りました。

 長谷川義史さんは大人気絵本作家ですので、絵本ファンにはおなじみですが、ペク・ヒナさんのことはあまりご存じないと思いますので、まずはご紹介を。

 代表作はやはり『天女銭湯』(2016年8月発行)でしょうか。昔ながらの古〜い銭湯にお母さんといっしょに行った女の子ドッチが、水風呂で天女に出会うという話です。天女というと妖艶な美女を想像するんですが、この天女は贅肉たっぷりのおばあさんで、すごい貫禄なんです。その天女がドッチに水風呂遊びをいろいろ教えてくれて仲良くなるというお話ですが、ストーリーも奇抜なら絵も奇抜。キャラクターは全部粘土で作られた人形で、それをシーンに合わせた背景に配置して写真を撮るという手法なんですね。この絵本は、実際に銭湯を借り切って撮影されたそうです。

 続いて出たのが『天女かあさん』(2017年8月発行)。こちらの天女は愛嬌たっぷりのおかめ顔のお母さん、というよりおばちゃん。熱を出して早引きして来た息子の世話を誰かに頼もうとお母さんがあちこち電話をかけていたら、この天女につながってしまった、というところから驚きのストーリーが始まります。

 こんな奇想天外な絵本を作られるペク・ヒナさんはどんな方かというと、これらの天女とはまるで違って、二児の母でもある美しい女性でした。そのペク・ヒナさんの新刊が『あめだま』(2018年8月発行)。この絵本には天女は登場しません。主人公は友だちがいない一人ぼっちの男の子。不思議なあめ玉を手に入れてひとつずつなめてみると、ソファの声が聞こえて来たり、犬の言葉がわかったりして、次第に外の世界に心を開いていくようになるという物語です。

 ペクさんがまず韓国語で、その後長谷川さんが日本語で読み語り。そして、制作過程をスライドショーで丁寧に紹介してもらいました。ラフを描いて、人形を作って、背景を描いて、写真を撮ってという作業を全部お一人でされているんですね。今回、その人形も持ってこられていて、実物を見ることができました。背丈20cm前後で、思っていたよりも小さく作ってありました。この人形の表情がとにかくすごい。言葉では言い表せません。長谷川さんが言ってました。ラフを描いたら、そのまま絵の具で描いた方がずっと楽やのんにね、って。ほんとそう思います。でも、この人形に命を吹き込むところから制作が始まるのがペク・ヒナ流なんです。

 説明会後の懇親会でも通訳の方を介していろいろお話を伺うこともでき、いっしょに写真を撮ったり、サインをいただいたりして帰って来ました。みなさんもぜひペク・ヒナさんの独特の世界を味わってみてください。

おおきな木 杉山三四郎

社会性を身につけていない大学生たち

 暑い暑いとみなさん悲鳴を上げておられましたが、その暑い夏もあっという間に過ぎてしまいました。夏が大好きな僕はちょっと寂しいです。

 おおきな木野外塾では、子どもの夏休み中に四つのお泊まりプログラムがあります。一泊二日の昆虫採集キャンプ、三泊四日の無人島サバイバルキャンプ、二泊三日のサマーキャンプ、三泊四日の沖縄ざまみツアーです。自然好き、キャンプ好き、子ども好きの僕としてはどれも楽しいお仕事であります。今年はどれもお天気にもギリギリ恵まれて、無事にやり終えることができました。

 でもね、残念ながらいい思い出ばかりではありませんでした。先日終えたばかりのざまみツアーでは、嫌な思いをさせられました。座間味島で二泊したのですが、その民宿で某有名私立大学の潜水会という20名ほどの団体といっしょだったことです。彼らは夜遅くまで飲んで騒いで、しょっちゅう部屋は出入りするわ、廊下は走るわで、われわれみんな(こちらは13名)睡眠不足になってしまいました。岐阜から沖縄の離島までの長旅、そして海でシュノーケリングをしたりで大人も子どももみんな疲れていたのに、彼らのおしゃべりや笑い声は夜中1時を過ぎても続き、ほとほと参りました。部屋によっては「一気コール」までしていたようです。

 さすがにこれを放っておくわけには行かず、翌日、民宿のご主人と奥様に伝え、注意してもらったのですが、次の夜も改善の気配はなく、廊下からも話し声が聞こえてきます。ふとんに潜り込んでやり過ごそうとしたのですが、ついに我慢の限界を超えて、さすがの私もブチ切れて、10名ほどの男女が集結している向かいの部屋に怒鳴り込み、「お前らもう大人なんだから社会性も身につけろ」とまで言ってしまいました。その場では、「すみません」と言ってやがて解散したようですが、次の日、彼らと顔を合わせても、誰ひとりとして謝る人間はいませんでした。

 岐阜に戻ってから、この件についてフェイスブックに八つ当たり的投稿をしたところ、結構な反響がありました。「勉強だけできても、社会性が身についていないなんて恥ずかしい」とか、「社会性のなさは若者だけでなく、おじさん、おばさんにもある」とか、「旅の恥はかき捨てという日本の悪しき文化かも」とか、「親のしつけの問題で、学校の問題ではない」とか、いろいろご意見をいただきました。

 でも僕は、自立・自律をさせないような仕組みになっている日本の中学、高校の学校のあり方にも問題があると常々思っています。高校までは理不尽な校則に縛られ、自分の頭で考えて行動し、自分の責任で判断をするということが認められていません。アルバイト禁止、おしゃれ禁止、男女交際禁止、ただ受験勉強さえ頑張っていればいいといった環境で社会性など身につくわけありません。そんな彼らが大学生になってようやくタガを外されて自由になって、いきなり世の中に放り出された結果がこれなんです。

 今、『ブラック校則—理不尽な苦しみの現実』(東洋館出版社)という本を読んでいますが、中学・高校の実態はひどいもんです。日本の学校では、子どもの人格が認められていないばかりか、人権侵害ともいえる教師によるパワハラ、セクハラが平気で行われていたりするのです。大人も子どもも同等の立場でものを言い合える関係性を作ることが、子どもにとっても大人にとっても幸せなことなのではないかと思うのですが。

おおきな木 杉山三四郎

映画『ワンダー』を見て感じたこと

 大変な被害をもたらした豪雨が去ったと思ったら、今度は連日の猛暑で、熱中症で倒れる人が続出。大丈夫か日本列島!という感じですね。全国的にも岐阜県は猛暑県のようで、多治見やら揖斐川やらで40℃越えも記録しています。確かに暑い。二人仲良くおててつないで下校中の高校生カップルに、「暑いね!」って声をかけたくなりましたが、ますます変なおじさんになるのでやめておきました。

 テレビもラジオも新聞も毎日「暑い暑い」の連呼。でもね、夏なんだからあたりまえでしょ、それしか話題はないのか!?って僕なんか思います。僕はこの暑い夏が好きです。海や川で泳いだり、山に登ったり、キャンプをしたり、昆虫採集をしたり、夏だからこそできるお楽しみがいろいろあるじゃないですか。逆に苦手なのは、寒い夏。熱中症予防にエアコンをどんどん使いなさいと言われますが、ちょっと冷やし過ぎじゃないかと思われるところがたくさんあります。銀行も寒い、コンサートホールも寒い、レストランも寒い。原発が稼働してなくて電力不足なんて話はウソですね。

 梅雨の真っ最中のある日、午後から雨という予報で、午前中は昆虫観察に出かけ、午後からは寒いのを我慢して映画を見に行きました。寒い冷房から身を守るために上着とマフラータオル持参です。でも、このマフラータオルが、この映画ではもうひとつ役に立つことになりました。涙でびしょびしょになったのです。

 この日見た映画は『ワンダー 君は太陽』。先月、この通信でも紹介した小説『ワンダー』(R. J. パラシオ著、中井はるの訳/ほるぷ出版)が原作となる映画です。主人公のオーガストは、『スター・ウォーズ』が大好きで、宇宙飛行士にあこがれる普通の男の子なのですが、生まれつき顔に障害があり、5年生になるまで27回も手術を繰り返し、見た目はどう見ても普通ではありません。体も弱いため、両親は学校には行かせない方がいいだろうと判断し、自宅で学習をさせてきたのですが、本人の同意を得て、5年生から学校に行かせようと決断したのです。でも、その外見のせいで、みんなから冷たい目で見られるし、いじめにも会うしで、なかなか学校にも馴染めず、自分の顔のことを嘆くばかり。でも、理科が得意だったり、ユーモアがあったりというオーガストの内面に触れることができた友だちも少しづつ増え、その友だちや先生、そして両親やお姉ちゃんの愛情に支えられて勇気を得て、5年生の修了式には大きな成長を遂げることができた、という本当にいろんな愛に溢れた映画でした。

 また、この物語の舞台はアメリカ、ニューヨークにある私立の学校なのですが、日本の学校とのギャップに僕は驚かされました。人権意識の差というかなんというか。校長先生も担任もユーモアを交えて子どもと対等に話をします。何かことが起きても、先生は助言はしても、最終的な判断は子どもにさせるんですね。ことが起きないように規則で縛って、子どもに考えることをさせない日本の学校とは随分違います。服装などもみんな自由な格好をしてるし、授業も小学校なのに選択科目があって、自分の興味に応じた学習ができるとか。

 一方、日本の学校はどうでしょう。我が子が中学の時のことを思い出します。靴も靴下も白、ベルトの幅は3㎝、シャツは綿100%はだめ、などと意味不明な規則がいろいろありました。日本の学校は、まだまだ人権意識が低いと言わざるを得ませんね。

おおきな木 杉山三四郎

北イタリア プチ異文化体験の旅

 海外旅行に行くと、どこに行っても何かしら異文化体験があり、いろいろと驚きがあるのが楽しみです。実は先月、ミラノを拠点に北イタリアを旅して来ました。またまた妻と二人の珍道中。でも、今度は歌のレッスンを受けるためミラノに滞在中の甥っ子の家族がいるので、何の心配もなく行って来ました。

 ヨーロッパは鉄道網が発達しているので、イタリアでも鉄道に乗りまくろうと計画を立てました。今は、インターネットで現地の鉄道や船の時刻も日本語で調べられるし、ホテルの予約もできてしまうので便利になりました。でもね、いざ鉄道に乗ろうとすると切符を買わなくてはいけません。自動販売機に向かってブツブツ言いながらボタンをいろいろ押してみてもなかなかチケットが出て来ません。そんな二人を見て助けてくれる人がいます。ガイドブックを見ると、こういう人が要注意と書いてあるので、ヤバイかも、と警戒しましたが、いえいえ親切なおじさんでした。

 ミラノでは国鉄,私鉄、地下鉄、路面電車(トラム)が走ってますが、90分以内ミラノ市内をどれだけ乗っても1.5ユーロというお得なチケットがあるんですね。これを自販機でなくて、タバッキという日本のキヨスクのような売店でも買えるので、これはありがたかったです。そうそう、イタリアにはコンビニは全くないんですよ。ヨーロッパの他の国ではどうなんでしょうね。イタリアではタバッキがその役目をしているようです。

 そしてびっくりなのは、結構大きな駅でも改札がなかったりするのです。その気になればいくらでもキセルができそうです。でも、ときどき検札が来る場合もあるので、やめておきましたが。ベルガモという町ではバスにも乗ってみましたが、これもチケットの買い方が分からなくてどうしようかと迷っているうちに目的地に到着し、そのまま下車。ええっ、いいの? いい訳はないんでしょうが、イタリアは何でもゆるーいんでしょうね。鉄道もまず時刻通りには来ませんしね。

 食べる方の話もしましょう。イタリア料理は日本人にもお馴染みなので食事には困らないとのことだったのですが、一品一品の量が多い。サラダや前菜だけでお腹が膨れてしまうので、メインディッシュには到達しません。でも、チーズや生ハムは本当においしいです。

 ピザも一枚が宅配ピザのLサイズ。イタリア人はこれをナイフとフォークを使って一人でペロッと食べてしまうわけです。日本のピザはSサイズが一人前ですよね。それをピザカッターかなんかで切って手で食べます。ピザは手で食べるもんだとワタクシは完全に思い込んでいましたが、本場では違うんですね。

 僕はトンカツ好きなので、ミラノ風カツレツと言われるコトレッタ・ア・ラ・ミラネーゼも注文してみました。ところがこれもLサイズ。3人でも食べきれませんでした。日本では、いろんな料理を注文して、それを2〜3人で小皿に分けて食べるというのが最近は多いと思うんですが、イタリアではシェアをするという習慣がないみたいです。でも、思い切って取り分け用のお皿をお願いしたら、そんなに嫌な顔もせずに持って来てくれました。日本人だから仕方ないかと思われたのかも。

 行き当たりばったりの珍道中なので、反対向きの電車に乗ってしまったり、ホテルが怪しかったりとかありましたが、ミラノを離れ湖水地方と呼ばれるリゾート地でのんびりしたり、列車で国境を超えてスイスまで足を伸ばしたりと、自由気ままな絶景の旅もできました。

※写真は、スイスレーティッシュ鉄道

おおきな木 杉山三四郎

遊び心にあふれた かこさとしさんの絵本

 それは僕が大学2年の夏休みでした。信州の山奥のキャンプ場で子どもたちのお世話をするというアルバイトをしました。期間は40日。泊まり込みです。全国の子どもたちが3泊4日ずつ8班に分かれてやってくるそのキャンプ場の施設にはそれぞれ変わった名前がついています。本部棟は「たろう丸」、厨房のある管理棟は「グルンパ城」、我々スタッフが寝泊まりするプレハブ2棟は「だるまちゃん」と「かみなりちゃん」。何でそんな名前が付いているのかさっぱり分からなかったのですが、後になって、それらはみんな絵本に登場する主人公の名前だということを知りました。

 のちに僕は、ラボ・パーティという子どもの英語教室を運営する会社に就職することになるのですが、このキャンプ場はそのラボの施設だったのです。ラボでは英語劇のようなことをしていましたが、その教材が絵本で、英語と日本語で語られるテープを聞きながら絵本をめくっていきます。それまで絵本にはほとんど縁がなかった僕はとても新鮮な感覚で聞き入りました。その最初に聞いたのが、『だるまちゃんとかみなりちゃん』(福音館書店刊)。だるまちゃんが外に遊びに行こうとしたら雨が降ってきて、雷といっしょに空から落ちてきたのがかみなりちゃん。かわいそうに泣いています。でも大丈夫。かみなりどんが雲の自動車で助けに降りてきて、だるまちゃんもいっしょに雲の上のかみなり町に招待されるという、何とも奇想天外なお話です。

 この絵本を描かれたのが、5月2日に92歳で亡くなられた加古里子さん。1968年に刊行されています。当時はまだ加古さんのことなど知る由もなかったのですが、この遊び心がいっぱい詰まった絵本がとても好きでした。かみなり町は何にでもかんにでもツノがはえているとか、文明が発達した未来の都市だったり…。子どもが喜ぶツボを心得てるんですね。

 やがて、世帯を持ち子どもができると、我が家では絵本をよく読んでいましたが、子どもたちにも、『だるまちゃんとてんぐちゃん』『だるまちゃんとうさぎちゃん』などの「だるまちゃんシリーズ」は人気でした。そして、『からすのパンやさん』(偕成社刊)もよく読みました。やっぱりあのいろんなパンが出てくる場面にはしばらく釘付けになるんですね。

 最近、僕は2014年に出版された加古さんの自叙伝的な『未来のだるまちゃんへ』(文藝春秋刊)という本を読んでいたんですが、こうした楽しい絵本を描いてこられた加古さんの人となりに触れることができました。東大工学部を出られた方がなぜ絵本を描いておられるのか、なぜ子どもの遊びを民俗学的に研究されてきたのか、少し合点がいきました。若いころにボランティアで子どもと関わる活動をされていたことが根っこにあるんですね。じつは僕も大学は工学部で、子どもと関わる活動に足を突っ込んでましたから、ちょっとシンパシーを感じました。でも、加古さんは工学博士となられ、専門的な知識をもとに数々の科学絵本も描かれていて、頭の出来が僕なんかとは全然違う方なのです。

 5年前には『からすのパンやさん』シリーズの続編4冊が登場したり、そして何と今年になって、だるまちゃんのお相手に「はやたちゃん」「かまどんちゃん」「キジムナちゃん」という、地方に伝承する妖怪(?)たちが登場する『だるまちゃん』シリーズの新刊が一挙に3冊出たり、まだまだお元気な様子で本当にすごいなあと思ってましたから、今回の訃報はとても残念です。

おおきな木 杉山三四郎

24周年スペシャルイベント終わる

 昨日、おおきな木24周年記念イベントが盛況のうちに終了しました。絵本作家の内田麟太郎さんと高畠純さん、それにワタクシ杉山三四郎が加わっての絵本ライブ。数日前までは定員の半分も申し込みがなくて、どうなることかと心配していましたが、結局蓋を開けたら80数名のお客様で部屋は満杯。大人率が高かったですが、元気な子どもたちが盛り上げてくれました。

 大人の方達もほとんどが馴染みのお客様で、中には、おおきな木プレオープンの時から来ていただいていたという方がお孫さんを連れていらして、24年という時の流れを感じますね。こうしたお客様たちに支えられてここまでやってこられた訳です。本当にありがとうございます。

 地元の新聞社も取材にきてくれて、午前の部の高畠純ワークショップは岐阜新聞に、午後の絵本ライブは中日新聞に掲載されました。

5月5日、おおきな木は24歳になります

 「今日は5月5日、春風が一番美味しい日です」。これは絵本『ワニぼうのこいのぼり』(内田麟太郎文、高畠純絵/文溪堂)の一節ですが、24年前の5月5日、おおきな木はオープンしました。もう24年も経ってしまったんですね。ついこの前のことだったように思いますが、当時小学生で店に来てくれてた子が子連れで来てくれたりすると、時の流れを認めざるをえません。

 思えばこの24年の間に、世の中は大きく変わりました。オープンしたときインターネットはありませんでした。パソコンはあったけど、文書を作成するためのワープロ機能と表計算とデータベースで使うもので、通信手段としてはファックスが最新の手段でした。写真はもちろんフィルムカメラで、このつうしんに載せる写真はハサミで切って版下に貼り付けたりしてました。デジカメになってからまだ20年も経っていませんが、メディアを作る人間にとっては画期的でした。パソコン上でトリミングもできるし、露出の補正もできるし、その他いろんな編集ができてしまいますからね。

 そして携帯電話の普及。これは訳あって僕は相当前から使ってました。自動車電話ほどではないですが、結構重くてでかいやつでした。そしてスマホの出現が10年ほど前でしょうか。出たころは「こんなややこしいものを誰が使うのか」と思ってましたが、今では当たり前になってしまって、分からないことは何でも教えてくれる便利なツールになってしまいました。当店のホームページは2年前にリニューアルしましたが、今やホームページを閲覧している人の約9割はスマホからという時代になってしまったそうで、何とか波に乗り遅れないようにと頑張った訳です。

 とまあ、この間のITの進歩はいいこともあった訳ですが、出版業界においてよかったことって何だろうと思うと、ちょっと首を傾げてしまいます。3月末に店を閉めた児童書専門店の草分けとして知られた名古屋のメルヘンハウスの社長さんがおっしゃってました。「ネット通販には勝てなかった」と。ネットの普及に伴って町の本屋さんは次つぎ姿を消し、うちも絶滅危惧種的な存在になってしまいましたからね。

 でも最近嬉しいことがありました。岐阜新聞のコラム「分水嶺」を読んでいたら、絵本の話題が取り上げられています。「『しろくまちゃんのほっとけーき』は名作だ」とか「名古屋市で児童書専門の老舗書店が閉店した」とか。ふむふむ。そして、「県内にも頑張っている店がある」と。えっ? 「野外活動の企画まで幅広く手がける」とも書いてある。おそらくこれはおおきな木のことなのでは…。ちゃんと地元の新聞社は見ていてくれたんです。さらに、「子供には子供の文化がある。主役は自分たちだと思える場所が、健やかな育ちには必要だ。店主も同じ思いだろう」と。そうなんです。その通りなんです。今までいろんなところで訴えてきたことですが、マスコミの方にも共感していただけたのには意味があります。ほんと嬉しかったです。

 来年は25周年を迎えます。なんと四半世紀。店の外壁が剥げたり汚れたりでみすぼらしくなってきているので、気持ちを新たにリニューアル作戦を画策中。そして、今年の5月5日はそのスタートラインとして「24周年スペシャル」(裏面およびHP参照)を計画しました。僕のCDにもなっている絵本ライブネタに一番多く登場するお二人の作家、内田麟太郎さんと高畠純さんをお招きしています。皆様のご参加心よりお待ちしております。

おおきな木 杉山三四郎

県内にも頑張っている店があるよ

 今朝の岐阜新聞を読んでいてびっくり。コラム「分水嶺」に絵本のことが書いてあるので読み進んでいくと、名古屋のメルヘンハウスのことが出てきて、そのあと、「県内にも頑張っている店がある」と書かれています。店の名前は書かれていませんでしたが、野外活動の企画のことも書いてあるし、これはきっと「おおきな木」に違いない。

 「子供には子供の文化がある。主役は自分たちだと思える場所が、健やかな育ちには必要だ。」

 そうです、僕も同じ思いです。

 こんなふうに「おおきな木」の活動を話題に取り上げてもらえて嬉しいです。ちゃんと見ていてもらえたんだと思うと、感動です。岐阜新聞さん、どうもありがとう。

前川喜平さんの講演会に行ってきました

 先日、前川喜平前文部科学省事務次官の講演会に行って来ました。当初200人規模で予定されていた講演会でしたが、あれよあれよという間に参加申し込みが増え、会場を岐阜市民会館大ホールに変更して行われ、結局1400人もの人が集まりました。皆さんご存知の通り、前川さんといえば、昨年、加計問題が国会で取り上げられていたころ、参考人として出席し、加計学園の獣医学部新設の認可を巡って、「総理のご意向」だとする文書が文科省内に存在していたことを、「あったものを、なかったことにはできない」と証言された方です。

 お話を聞いて一番印象に残ったのは、自分の出世のために官邸や政治家先生たちの顔色ばかり伺っている官僚が多い中、前川さんはちゃんと国民の方を向いて、自分の信念を貫いて来られた方なんだということです。教育というのは、個人のためにあるもので、国家のためにあるのではない。そして、すべての人に公平かつ平等になされなくてはいけないんだ、とおっしゃっていました。そしてその視点を弱者やマイノリティーにも向け、夜間中学やフリースクールなどにも力を注いで来られた方であることを知りました。

 今、国会では森友学園の国有地取得に関する決裁文書改ざんが発覚し、首相夫人である安倍昭恵さんの関与が改めて取り沙汰されていますが、加計問題の方は、安倍首相と加計孝太郎理事長は腹心の友であることから、「総理のご意向」という圧力が官邸からかけられたという話です。その渦中にいたのが前川さん。「行政がゆがめられた」とはっきり証言されていましたね。安倍首相は、「岩盤規制をドリルでこじ開ける」とか何とか言ってるけど、それは国民みんなのためではなく、ごく一部の、もっと言ってしまえばお友だちのためだったの?って話なわけで、全くもってひどい話。国家権力による行政の私物化もいいとこです。

 最近、前川さんが名古屋市の中学校に招かれて授業をしたことに対して、文科省から質問状が送られたという事件もありました。テレビの取材で前川さんは、「教育現場への国家権力による不当な介入である」とおっしゃっていましたが、誠にその通り。おまけに、これも二人の自民党議員が文科省に対して圧力をかけていたということが明るみに出ました。こんなふうに国家による監視が当たり前のように行われるようになったら、自由で民主的な教育は成り立たなくなります。

 また前川さんの話ですが、この4月から小学校で教科化される道徳の教科書に、「星野くんの二塁打」という話があるそうです。記憶がちょっと曖昧なのですが、こんなような話です。9回裏1アウトでランナー2塁。1点を取れば勝てるという場面で、星野くんがバッターボックスに立ちます。コーチのサインは送りバント。ところが星野くんはサインを無視しヒッティングに出て二塁打を打ち、勝利した。これをどう思うかという訳です。野球というチームプレイでは、自分が犠牲になって試合を有利に運ぶということも作戦としてあるわけですが、これを、個人の自由よりも自己犠牲(自己抑制)の方が美しいという結論に導いていこうという魂胆があるとしたら、それはちょっと問題です。

 森友問題も加計問題もこれからどの程度真相が明らかにされていくのかさっぱり分かりませんが、国会で答弁される方々は、ぜひ、前川さんのように上からの圧力に屈することなく、ちゃんと国民の方を向いて、真実を述べていただきたいと思います。

おおきな木 杉山三四郎

 

※画像は、日本の教育行政を支えてきたお二人の文科省官僚による対談です。おすすめします。

平昌オリンピックにおける友情物語

 お隣の国韓国でやっている平昌オリンピック。なんかいろいろ言われてたけど、やっぱりオリンピックっていいですよねえ。とくに冬の大会はレースの速さが違うし、その華やかさにおいても、最近はアクロバティックな競技が増えて、益々面白くなってきているように思います。個人的には昔からスキーのアルペン競技が好きで、日本人選手が出ていようがいまいが、滑降とか大回転とかのレースは見逃せません。また、普段はほとんど見ることができないような競技がテレビで見られるのもオリンピックのいいところで、4年に一度の楽しみです。

 また、今大会で日本は過去最多のメダルを獲得していますが、前評判通りフィギュアとスピードスケートが強いですね。メダル候補に挙げられていた選手たちは相当なプレッシャーを感じていたと思いますが、それを跳ね除けて栄冠を手にした彼らに拍手を送りたいです。

 そんな中ちょっとした話題になっていたのが、スピードスケート500mで金メダルを取った小平奈緒選手と銀メダルだった韓国の国民的英雄 李 相花(イサンファ)選手の友情物語。李選手は世界記録保持者で、五輪三連覇がかかっていたんですね。そりゃあもう、開催国でもある韓国国民の期待を一身に背負っていたわけです。ところが決勝で小平選手に負けて悔しい思いをしました。僕もこのレースを生放送で見ていましたが、明暗を分けたものの、それぞれの国旗を手にしたこの二人が抱き合うシーンがありました。美しかったですね。世界を争うアスリートたちは極限まで自分を鍛え上げる努力をしてきていますから、お互いライバルでありながら、尊敬し合う仲にもなってくるんでしょうね。韓国の大手メディアもこのことを好意的に取り上げ、二人を褒め称えていたとのことで、嬉しく思います。

 日本と韓国という国家間のレベルでは、領土問題や慰安婦問題などで未だにぎくしゃくした関係が続いていますが、人と人、つまり国民レベルにおいてはそんなことはどうでもいい問題なのかも知れませんね。ビジネスで韓国にしょっちゅう出張に行っている僕の友人が、フェイスブックでこんなことを書いていました。「取引先の方たちはみんな親日派で、酒の席では慰安婦の話題も出たりしたけど、くだらないよ、韓国だってよその国で同じことしてるしと言い放っていた」と。たぶんそんなもんなんだと思います、一般国民レベルでは。

 しかし、韓国においては反日を、日本においては嫌韓を叫ぶ人たちが少なからずいることも事実です。インターネットを見ていると、相手を傷つけるような投稿が平気でされているのを時どき見かけますが、ああいう人たちというのは、人を蔑むことでしか自分のプライドが保てないのかなあと勘ぐってしまいます

 国が違えば、言葉も違うし、見た目も違う。そして、歴史観も違ったりするので、領土問題などもずっと平行線をたどるしかないんでしょうね。しかし、自分の主張ばかりを通して、相手を罵倒するような態度からは何も生まれません。相手を理解し思いやる気持ちがあってこそ信頼関係が生まれるわけですからね。ビジネスにおいてもスポーツにおいても、お互い信頼し合うことが大切なんだと思います。

 人間には大きく分けて二つのタイプがあるのではないかと最近思います。つねに相手のいいところを見ている人間と、悪いところばかり見ている人間です。信頼関係を築いていくには、相手のいいところを見る努力をしなくてはと、自戒も含めて思う次第です。

おおきな木 杉山三四郎

みんなちがって、みんないい ことば塾と野外塾

 おおきな木では、店のオープンと同時に、「ことば塾」と「野外塾」の二つの会員制の活動を始めました。あれから24年。今年4月から第25期を迎えます。

 ことば塾は当店2階のイベントスペースで、月に二回、親子で僕の絵本ライブを楽しんでもらったり、リズム遊びやことば遊びをしたり、工作やおやつ作りなどをして過ごす時間です。一歳半から会員になっていただくことができます。

 野外塾は毎月、岐阜市内の山の中でデイキャンプをしたり、昆虫採集や水の生き物採集をしたり、ときには泊りがけでキャンプに出かけたりという特別プログラムも年数回あります。こちらは、年長さんから中学生までが会員対象年齢になります。

 で、そもそも何でこういう活動を始めたのかというと、子どもたちを大人の価値観で縛るのではなく、子どもの目線に立ったプログラムを用意して、あくまでも子どもたち自身の意思で参加できる自由な活動をしたいという思いがあったからです。ですから、塾とは言ってもとくに決まったカリキュラムがあるわけでもないし、時間割もめあてもありません。あるのは、誰にも縛られない自由に過ごせる「時間」と、子どもがワクワクするような魅力的な「空間」と、いっしょに過ごせる「仲間」。僕はこれを「三つの”間”」と呼んでいますが、この三つが子どもが育つ環境として一番大事なものだと考えています。

 野外塾のデイキャンプを例にとると、集合時間と解散時間、そして一日を過ごすフィールドは決まっていますが、その間をどう過ごすかはみんなそれぞれです。参加してくれたみんなが喜んでくれそうなことをいろいろ用意はして行きますが、中にはそんなことには目もくれず、ひたすら川で遊んでいたり、ずっと焚き火のそばでおしゃべりをしていたり、落とし穴作りに没頭していたりする子もいます。でも、それでいいんです。退屈していないということは、「空間(場)」の力であり、気が合う「仲間」の力だったりするわけですからね。

 「人はみんな違っていていいんだ。がんばりすぎないで、ぼちぼちいけばいい」。これは僕のオリジナル曲『子どもたちよ』の一節。「すずと、小鳥と、それからわたし、みんなちがって、みんないい」。これは、昭和5年に26歳の生涯を閉じた金子みすゞの詩『わたしと小鳥とすずと』の一節。そうです、「みんなちがってみんないい」んです。これって、ことば塾や野外塾の基本なのかもしれません。

 学校では、「クラスをまとめる」という言い方がよくされますが、それってどういうことなんだろうとちょっと考えてしまうことがあります。みんな違うのに、ひとつにまとめようとすれば、気が向かない子も当然出てくるだろうし、やりたくてもできない子もいる。まとめようとすれば、はみ出す子も出てきます。野外塾ではまとめようなんて意識はそもそもありませんが、学校とは違って、いろんな年齢の子がいるので、無意識のうちに助け合って遊んでいるという光景が見られたりします。喧嘩はたまにありますが、陰湿ないじめのような行為は今のところ見たことがありません。

 ときどき、小学校などで絵本ライブ公演をすると、「人権についての話を子どもたちにしてほしい」と言われることがありますが、この「みんなちがってみんないい」という考え方、大げさかもしれませんが、これ、人権の基本なんじゃないかと僕は思います。

おおきな木 杉山三四郎