絵本コンシェルジュ 杉山三四郎のメッセージ

私は、絵本というのは、人と人とがつながるコミュニケーションツールだと思っています。

絵本のよみきかせは、読み手と聞き手が生の声でつながる時間です。

読んでもらう子どもたちにとって、絵本の世界は、読んでくれた人の温かみとともに、将来にわたって心の宝物となって残っていくのです。

最近では、パソコンやスマホに子守りの役目をさせている親御さんも多いかと思いますが、やはり大切なのは、親子が生の声、生の言葉でつながる時間をたくさん持つことではないでしょうか?

 

絵本選びでお悩みの方は、ぜひご来店の上、私や当店スタッフに声をかけてください。お子様にぴったりの絵本をお選びします。

遠方の方は、本の定期購読「ブッククラブ」をご利用ください。


わが町岐阜市にキムタクがやってきた!

 11月の上旬、紅葉見物に白川郷に行ってきました。平日にも関わらず観光バスが何台も並んでいます。各地から修学旅行に来てるんですね。近くを歩いていた女子高生に「どこから来たの?」って声をかけたら、「静岡から」だそうな。「おじさんはどこから来たの?」って聞かれたので、「岐阜市からだよ」って答えたら、「岐阜市ってあるんだ〜」って言われてしまいました。ガクッ! でも、そうなんですよね。岐阜っていうと、皆さんの頭に思い浮かぶのは高山とか白川郷とかで、県庁所在地である岐阜市は影が薄いのです。

 でも、その岐阜市が全国的なニュースで取り上げられる出来事が先日ありました。岐阜市では毎年秋に「ぎふ信長まつり」があるんですが、その騎馬武者行列にキムタクこと木村拓哉さんが信長役で登場するという大事件があったのです。行列は11月6日の日曜日で、その発表があったのはその1か月ほど前。何年か前に、岐阜市出身の俳優伊藤英明さんが信長役で登場して、その時も大騒ぎだったのですが、今回は一世風靡の大スターが登場するとあって輪をかけての大騒ぎ。ジャニーズ事務所のタレントがこうした地方のお祭りに公式に参加すること自体が大変異例なことなんだそうで、マスコミ各局の全国ニュースやワイドショーで取り上げられて、わが町岐阜市がちょっと有名になったわけです。

 この発表があるまで僕は全く知らなかったのですが、岐阜市を舞台にした「レジェンド&バタフライ」という映画が来年1月に封切られるんですね。その主人公信長役がキムタクで、濃姫(綾瀬はるか)の侍従福富平太郎貞家役が伊藤英明。この映画の撮影現場で、伊藤さんが木村さんにぎふ信長まつりの話をしたところ、木村さんが「僕も出たい」と言ったそうなんですね。そうしたら、その話がどんどん現実味を帯びていって、今回の大事件に至ったとのこと。大スターが岐阜に興味を持ってくれて、自分からやってみたいと言ってくれたというのがとにかく嬉しい話です。おまけに、これは映画の宣伝ということで、費用はすべて映画会社持ち、出演者はノーギャラ。いい話です。そしてパレード当日、岐阜市の人口を超える46万人の人出があったらしいですが、心配された混乱は一切なく、ゴミもほとんど落ちていなかったそうで、これも嬉しい話です。

 じつは我が家には筋金入りのキムタクファンがいまして、この報道があってからは我が家も大騒ぎ。でも、悲しいかな、騎馬武者行列の当日はおおきな木野外塾のイベントが入っていて、見ることができません。そこで、夕方からのトークショーには参加したいと申し込みハガキを出しました。ところがこれも100倍を超える応募があり、抽選で見事外れました。

 というわけで生キムタクには会えませんでしたが、今の時代SNSでどんどん目撃情報や写真が送られてくるんですね。木村さんは伊藤さんのアテンドで前日から岐阜市入りをしていて、伊藤さん行きつけのベトコンラーメンの店に行ったり、関市の刀鍛冶の店に行ったり、おおきな木から歩いて10分ほどのところにある岐阜公園や岐阜城にも来てくれたんです。僕にとっては今までそれほど関心がなかったキムタクですが、急に親近感が湧いてきて、今では僕の夢にも登場して、我が家に居候しているキムタクを近所のコロッケ屋さんに連れていくというシーンもありました(笑)。

 全国の皆さん、これを機会にぜひ岐阜市を訪れてください。そして、おおきな木にも足を運んでください。

おおきな木 杉山三四郎

 

高山植物の宝庫アポイ岳に登ってきました

 みなさんはアポイ岳という山をご存知でしょうか。北海道の日高山脈の一番南にある山で、標高は810m。最近、NHKのテレビ番組で見たのをきっかけにちょっと気になっていて、「お、ここなら登れるんじゃね」ということで、9月中旬に行ってまいりました。

 新千歳空港からはレンタカーを借りて、日高の海沿いの道をひたすら走って襟裳岬を目指します。かつてはJR北海道日高本線が走っていたところです。途中、いくつかの道の駅に立ち寄ります。道の駅好きとしては、これも楽しみの一つです。ししゃもの町として有名な鵡川(むかわ)では、北海道特産のほっき貝のフライ定食を食べました。ほっき貝とは大きな二枚貝で、このあたりで貝といえばほっき貝のことなんだそうです。

 この国道235号線は昆布街道といってもいいような道で、海側は昆布干し場がいたるところにあり、山側は競走馬を飼育している牧場が広がります。そうでした、そうでした、日高といえば、昆布とサラブレッドですよね。改めて感心いたした次第です。

 そして、ナビに翻弄されながら襟裳岬に到着。北海道の地図を眺めていただくと、一番南側のとんがったところが襟裳岬ですね。そこから北に山を辿って行ったところにあるのがアポイ岳です。

 でも、襟裳岬から登ったわけではありません。国道235号線をまた戻って、様似(さまに)町にある登山口から登ります。このアポイ岳周辺は、地球深部の岩石である「かんらん岩」が露出する地域であることから、貴重な自然が保たれている場所ということで、ユネスコ世界ジオパークにも認定されています。登山道も整備され、登山口から登り3時間、下り2時間のコースタイムで、自分にはちょうどいいくらいです。

 5合目までは気持ちのいい林間コース。途中、ニホンザリガニが生息するという沢を渡りましたが、ザリガニを見つけることはできませんでした。エゾジカやコゲラやヒガラなどの野鳥には会えました。でも、期待していたクマゲラやシマエナガには会えませんでした。

 5合目からは尾根伝いに岩地を登って行きますが、標高300mぐらいなのにハイマツ帯となり、高山植物の宝庫となります。希少種である固有種もいくつかあって、アポイ〜と名前がつく高山植物がいくつもあります。もっといい時期に来ればいろいろ見ることができたんでしょうが、まだまだ頑張っている花もありました。アポイマンテマ、ヒダカミセバヤといった固有種にも初めて会うことができました。高々800mぐらいの低山なのに高山植物があるところは、さすが北海道です。

 頂上では、自然保護の調査をされている方にお会いしましたが、その方は、ヒメチャマダラセセリというアポイ岳周辺にしか生息しないセセリチョウの保護をされているんだそうな。登ってくる途中、登山道脇のキンロバイの株にネットがかけられているのを見ましたが、ヒメチャマダラセセリの幼虫が他の生き物に食べられないように守っているのだ、ということでした。

 とまあ、ちょっとマニアックな話が続きましたが、アポイ岳の魅力はそれだけではありません。5合目からの稜線は絶景続きです。鵡川方面から走ってきた海岸線と太平洋、そして日高の山々。今、自分は北海道の大地に立っているんだ〜と実感できます。頂上はなぜかダケカンバ林になっていて視界は広がりませんが、270°の海が見下ろせるのではないでしょうか。そして、ヒグマに出食わすこともなく、無事下山して参りました。

おおきな木 杉山三四郎

 

たかばたけなおさんがやってくる!

 忙しい夏が終わりました。今年も雨が多い夏だったように思います。そんな中、おおきな木野外塾では4つの宿泊プログラムを行いました。1泊2日の昆虫採集キャンプ、3泊4日の無人島サバイバルキャンプ、2泊3日のおっぱらサマーキャンプ、3泊4日の沖縄ざまみツアー。そのほとんどが天気にも恵まれて、参加した親子、そして僕たちスタッフも夏を楽しみました。

 コロナが増えている中で、本当にやるんですか、すごいですねえ、といった声もありましたが、すべて予定通り行いました。正直に言って、心配もありました。我々スタッフがコロナにかかってしまったらどうしようとか、キャンセルが続出したらどうしようとか…。コロナ関連のキャンセルが2件ありましたが、他にはキャンセルはなく、みんな元気に過ごせて、ほっとしています。中でも、沖縄ざまみツアーは台風の心配もあり、ギリギリまで冷や冷やものでしたが、これも問題なし。3日経った今も、あの美しい真っ青な空と海の風景がまぶたの奥に焼き付いて離れません。

 さてさて、あの青い海の向こうから、ざざざっ、ざざざっと波に漂って無数のだるまがやってきて上陸したらどうしましょ? 沖縄の浜辺には無数の軽石が落ちていましたが、あれがもしも全部だるまだったら…? なんでこんな話になったのかというと、そんな絵本があるんです。『だるまだ!』(高畠那生作・絵/好学社)。ご存知の方も多いかと思いますが、作者の高畠那生(たかばたけなお)さんは絵本作家の高畠純さんのご長男。お父さんとはまた違ったタッチの絵を描かれてますが、僕がすごいなあと思うのはその奇抜なストーリー。沖縄の軽石は迷惑なだけなのですが、流れ着いただるまは、海辺に住む人たちに有効利用されて、

 

なんとだるまで家を建てた人までいるんです。

 こんなシュールな絵本を描かれている那生さんですが、9月18日(日)、おおきな木に来ていただきます。午前の部は、私 杉山三四郎とのジョイント絵本ライブ。当店人気ナンバーワンの『はたらくんジャー』(木坂 涼 作、高畠那生 絵/フレーベル館)ももちろん歌いますよ。そして、午後の部は「だるま」を作ります。えっ、どうやって作るのかって? それは那生さんが教えてくれます。みなさんのお家もだるまだらけにしてみてはいかがでしょうか?

 高畠那生さんの絵本は他にもいろいろ。牛の背中に登ってみたら、そこに牛の群れがいたり、おいしい食堂があったりという『うしとざん』(小学館)。チーターが自分の黒い模様を売ってしまう『チーター大セール』(絵本館)。道にこぼれているペンキの上を自動車が通って、バシャー! ペンキが飛び散り、歩道を歩いていた人の形が何かの動物になって壁に現れるという『ブロロンどろろん』(小学館)など、へんなお話がいっぱい。那生さんの頭の中はいったいどうなってるんだろうと思ってしまうんですが、ぜひ、おおきな木の「高畠那生コーナー」をのぞいてみてください。

 さてさて、またコロナの話に戻ってしまいますが、いったいいつまでマスクをつけた生活をしなくちゃいけないんでしょうね。マスクは必要な時だけつければいいのにと思うのですが、外を歩いていてもほとんどの人が暑い中マスクをつけてます。こんなにみんなマスクをつけているのにコロナ感染者は減らない。ワクチンを3回、4回と打っている人もコロナにかかっている。何だろうね。これ、素朴な疑問です。

おおきな木 杉山三四郎

民主主義国家で、今なぜ「国葬」?

 あれは七夕の次の日だったでしょうか。とんでもないニュースが飛び込んできました。安倍元首相が参議院選挙の応援演説中に銃撃された、と。銃規制が厳しい現代の日本でこんな事件が起きるとは…。どんな理由があろうと、こうしたテロ行為や武力行使は決して許されるものではありません。銃撃された安倍元首相は意識を失い心肺停止となり、その日の夜に死亡が確認されました。改めてご冥福をお祈りいたします。

 そして、その数日後。またまたとんでもないニュースが飛び込んできました。「安倍元首相を国葬に」。耳を疑いました。いったいいつの時代の話だ。時代錯誤も甚だしい! 大勢の識者の方が続々と反対声明を出されていますが、僕もほとんど同様の理由で「とんでもない」と感じました。一言で言えば、これは民主主義に反する行為なのではないのか、と言うことです。

 そもそも国葬というのは戦前にあった制度で、1947年には制度として廃止(国葬令の失効)されています。しかし、僕が中学校の時に吉田茂元首相の国葬がありました。吉田氏の国葬も多くの反対運動があったにもかかわらず強行されたわけで、学校では担任の先生が吉田茂がどんな人物だったのか、その功罪を説明してくれ、意には沿わないけれど「黙祷をしましょう」となりました。多分国からのお達しには逆らえなかったんでしょうね。それ以降、国葬は行われていません。

 どんな政治家であれ、功もあれば罪もあり、その評価は国民からしたら皆違うわけです。安倍さんを高く評価する人もそりゃあ大勢いらっしゃるでしょう。その人たちからしたら、偉大な業績を称えて、国を挙げて故人を悼みたいと思われるかもしれません。しかし、全く評価できないと思う人も大勢います。それを半強制的に「故人を悼みなさい」というのは国家主義の最たるもので、民主主義には全くそぐわない行為です。

 岸田首相は言います。安倍氏は長年首相を務めてきたと。確かに、彼は自民党独裁政権を樹立した立役者で、党にとっては大変な功労者ですから、自民党葬にするというのなら理にかなっています。しかし、国葬の費用は全額国費負担。つまり国民の税金で行うわけです。

 安倍元首相は森友問題に始まり、加計、桜を見る会などの疑惑に対し、まともに説明することなく、国会において散々嘘をつきまくってきた政治家です。そんな人間の葬儀に税金を使って欲しくありませんし、黙祷を捧げる気持ちになど到底なれません。岸田首相は、「安倍元首相を追悼するとともに、わが国は暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜く」と国葬の意義を唱えていますが、日本が民主主義の国家だとおっしゃるのなら、一人の人間を特別視し、国民の心を一つにまとめる「国葬」などするべきではないと思います。

 安倍氏を撃った山上容疑者は、安倍氏が旧統一教会と深い関係があると思ったと動機を語っています。統一教会といえば、霊感商法や合同結婚式などで世間を騒がせた怪しい宗教団体です。彼の母親はその信者で、私財を投げ打って1億を超える寄付をし、自己破産をしていたとのこと。この旧統一教会の関連団体の集会に安倍氏はその活動を称賛するビデオメッセージを送っていて、それを容疑者が見たことが今回の動機につながっているようです。今回の事件でまた新たな安倍氏の疑惑が浮上してきました。国葬は疑惑隠しなのでは、という憶測も飛んでいますが、本人が死んだからと言って、数々の疑惑が闇に葬られてはならないと強く思います。

おおきな木 杉山三四郎

武力で平和を守れるのでしょうか

 今年もようやく春が来たと思ったら、もう梅雨入り。時が経つのは本当に早いですね。そして、全く個人的な見解ですが、毎年、夏はあっという間に過ぎていきます。おおきな木主催の「野外塾」では、学校の夏休み中に4つの泊まりがけプログラムがあって、夏好きの僕としては夏を満喫できる幸せな時間なのですが、これらも忙しなく過ぎていくわけです。

 さて、それはともかく、暑い暑いと言いながらも、日本人はなかなかマスクを外せないようです。厚労省も公式HPで、熱中症対策として屋外でのマスク着用を止めるように広報していますが、依然、街を歩いていてもほとんどの人がマスクをしています。大都会の人混みの中ならともかく、人もまばらなこの岐阜の街でもみんなマスク。なぜマスクをするのか、何のためのマスクなのか…、おそらく思考停止してるんでしょうね。みんながしているから外せない、これでしょうね。コロナだろうが何だろうが、必要だと感じる時にすればいいのに。自分の判断は放棄してるんでしょうか。

 登下校時の子どもたちもみんなマスクをしていますが、コロナよりも熱中症の方がよっぽど怖い病気ですし、厚労省のお墨付きも出たわけだから、学校は率先してマスクを外すよう指導すべきではないでしょうか。暑い時は、熱中症だけでなく、マスクの中が汗や唾気でぐちゃぐちゃになって雑菌がたまるしで、不衛生な状態にもなってしまいます。。

 今、マスクを外せない理由のひとつに、顔を見せたくない、といった人たちもいるようで、「顔パンツ」とか言うんだそうな。マスクのおかげで若く見られていたのに、歳がバレてしまう、なんてこともあるのかも。しかし、前にもこの欄に書いたんですが、マスクのせいで乳幼児の言語の発達が遅れているという研究結果もあるそうです。言葉は耳からだけではなく、口の動きや顔の表情などもトータルに受け止めて獲得していく訳ですから、納得のいく話です。子どもだけではなく大人だって相手の表情が見えないコミュニケーションは嫌ですよね。早く、当たり前のようにしていた楽しい会話の時間が戻ってくるようになればと思います。

 さて、話は変わって、参議院議員選挙の投票日が7月10日と決まりました。おもな争点は、物価上昇問題、コロナ対策、改憲問題とのことですが、ロシアのウクライナ侵攻以来、憲法第9条を変えて、軍事力を増大して、専守防衛ではなく敵基地を攻撃できるようにするべきだという声が大きくなっています。「平和を守るためには強い武力が必要だ」と、その人たちは言います

が、本当にそうでしょうか。

 太平洋戦争で日本は負けました。310万人以上の国民が命を落としました。軍事力で国を守ることなどできなかった訳です。そして今。ロシアは軍事力においてウクライナをはるかに凌ぎますが、そのロシアも1万人以上の死者を出していて、この侵攻がロシアに平和をもたらしたとはとても言えません。いつの世も、戦争を仕掛けるのは時の権力者であり、悲惨な目に遭うのは罪なき人たちなのです。軍事力を増大せよと言ってる方々は戦争に勝つことしか頭になく、自分や自分の家族が武器を持って戦場に行くことになるという想像力も持ち合わせていないようです。武力は命や財産を奪う道具で、決して平和をもたらすことはできません。

 選挙では、「どんなことがあろうと武力を使ってはダメだ」という政党に一票を投じたいと思います。

おおきな木 杉山三四郎

 

本土復帰50周年を迎えた沖縄

 僕が初めて沖縄を訪れたのは、今から41年前のこと。きっかけは旅行会社で見た1枚のパンフレット。真っ青な海の景色に「ケラマ」と書いてあります。「一体どこにあるんだろ? へえ、沖縄なんだ。行ってみたい」と、まだギャルだった妻と二人で心ウキウキで行きました。慶良間諸島の渡嘉敷島。海の青さにまずびっくり。日本にこんなところがあったんだ。もうそれだけで別世界に心を奪われてしまいました。

 そしてそれから10年後、当時働いていた団体のキャンプの運営で訪れたのが、以降病みつきになることになった座間味島。渡嘉敷の隣の島です。ダイビングショップの船でいくつかのポイントを巡り、水中眼鏡を着けて潜るとそこにはまた別世界が。数々の種類のサンゴと色とりどりの魚たち。数10メートル先まで見通せる透明度だからこそ見られる風景です。魚たちの他に僕を魅了したのは、南国の蝶々。子どもの頃から憧れていた、ツマベニチョウ、オオゴマダラ、リュウキュウアサギマダラ。こんなのが普通に飛んでいるのです。

 南国の自然にどっぷりと浸かることを目的に訪れている慶良間の島々ですが、ここは太平洋戦争の時にアメリカ、イギリスの連合軍が沖縄に初上陸した場所でもあるんですね。年表によると、1945年3月26日のことです。座間味島は今でも、「集団自決の島」として記憶されていますが、多くの村民が犠牲になりました。やがて、連合軍はそこから沖縄本島へと侵攻し、約3か月間にわたる沖縄戦が続くことになります。沖縄戦では、軍人の数よりはるかに多い民間人が犠牲になっていますが、その数は県民の4分の1に相当するそうです。

 『なきむしせいとく──沖縄戦にまきこまれた少年の物語』(たじまゆきひこ作・絵/童心社)という絵本が最近出ました。せいとくは国民学校の2年生。1945年3月終わり頃からアメリカ軍の攻撃が始まり、母と妹の3人で本島の南方へ逃げます。父と兄は軍隊に取られ、母は逃げる途中、アメリカ軍の艦砲射撃に遭って亡くなり、妹とは離れ離れに。いつの時代も戦場は地獄だと思いますが、この絵本は沖縄戦の悲惨さを生々しく伝えています。ガマ(洞窟)に避難しているときに、泣き出した赤ちゃんが日本兵に殺されるという場面もありますが、日本兵の手によって殺されたり、自決を強要されたりした民間人が多数いたのも沖縄戦です。

 そして、戦争が終わり、沖縄は1972年までアメリカの統治下に置かれ、東アジアの軍事拠点としての役割を果たしました。今年5月15日に沖縄本土復帰50周年を迎えましたが、米軍基地は今に至るまで残ったままです。もし戦争が起きたとき、基地があるということはまず敵の攻撃対象になるわけですから、「平和の島」というにはほど遠い状態です。

 沖縄は現在日本の県のひとつですが、昔は琉球という名の国でした。日本やアジア各国との交易が盛んで、中国や東南アジアの文化もごっちゃになった独自の文化を育ててきました。沖縄に行かれたことがある方はご存知だと思うのですが、日本の他の県にはない、どちらかというとベトナムや台湾などの雰囲気を感じます。南国の自然だけでなく、町の風景、食べ物、音楽などに触れても異国情緒が味わえるのも沖縄の魅力です。

 最後になりましたが、『琉球という国があった』(上里隆史 文、富山義則 写真、一ノ関圭 絵/福音館書店)をぜひ紐解いてください。ほんの少しですが、沖縄の歴史を知ることができるお手頃な本だと思います。

おおきな木 杉山三四郎

 

誰もが自由にものが言えること

 ♫ 戦争が終わって 僕らは生まれた

   戦争を知らずに 僕らは育った

 

 これは、1971年にリリースされて、若者たちの間で大ヒットしたフォークソング「戦争を知らない子供たち」(北山 修 作詞、杉田二郎 作曲)の歌い出しです。大学のフォークソング同好会に所属していた僕も、仲間たちといっしょによく歌ってました。

 戦争を知らずに育って…、「だから、どうした」と若い人たちから突っ込まれそうですが、当時、戦争を経験している世代かどうかで一つの境界がありました。僕の親たち世代はみな戦争体験者です。父はなんと16歳で志願兵として従軍していたらしく、偵察機に乗っていて米軍の戦闘機に追いかけられたけど何とか逃げ延びたんだという話をしていたことがあります。

 1945年7月には、岐阜市も米軍のB-29による空襲に遭っていて、母は、炎に包まれる岐阜駅や柳ヶ瀬を眺めていたという記憶を語ってくれたこともあります。

 町は焼け野原になって、食糧難の時代を生き抜いてきた親たち世代からしたら、僕たち「戦争を知らない子どもたち」は、何の苦労も知らずにのほほんと生きている若者たちだったんでしょうね。

 そして、戦争が終わって、世の中の価値観がガラッと変わりました。それまでは、「国民」とか「民主主義」といった言葉はほとんど存在しなかったんじゃないでしょうか。「戦争反対」などと叫べば、非国民として捕らえられたりもした時代です。それが、終戦を境に、徐々に、「誰もが自由にものが言える時代」へと変わっていったのです。

 

 ♫ 若すぎるからと許されないなら

   髪の毛が長いと許されないなら

   今の私に残っているのは

   涙をこらえて歌うことだけさ

 

と歌は続きますが、戦争を知らない僕らの世代は、心のどこかに戦争体験者に対する負い目のようなものと反発心もあったように思います。でも、それで何が悪いんだ、みんなでいっしょに笑顔で生きて行こうよ、というメッセージがこの歌にはあって、それに共感した若者たちは、長い髪を振り乱し、ギターをかき鳴らしながらこの歌を歌っていたわけです。そして、ちょっと大袈裟かも知れませんが、このパワーが新しい文化を生み出すことにも繋がっていったんじゃないでしょうか。

 今、ウクライナでは、ロシアによる非人道的な侵略戦争が続いていますが、ふと思ったことがあります。もしも、ロシアが「誰もが自由にものが言える国」であったら、こんな戦争を起こしていただろうかと。

 ロシア国内でもウクライナ侵攻に反対する声はかなりの数で上がっているようですが、戦争反対を叫ぶ人たちは政府当局の手で逮捕されてしまいますから、とても自由にものが言えるような国ではありません。プーチン政権の支持率は相変わらず高いようですが、それは、ロシア国民が得られる情報源は国営テレビのみで、それ以外は規制されていますから、さもありなんですね。大本営発表のラジオや新聞の情報しか国民の耳や目に届かなかった戦時中の日本と同じです。

 「独裁者はいずれ悲惨な最期を遂げる」、そう僕は信じたい。そして、日本がいつまでも「誰もが自由にものが言える国」であってほしいとつくづく思います。

 

おおきな木 杉山三四郎

 

STOP WAR! 「平和」とは…?

 「ロシアの殺し屋、ああオソロシや」。そういえば、こんなダジャレを子どもたちが口にしていた時期がありました。そのときは、「そんな恐ろしいダジャレはやめなシャレ」なんて突っ込んでましたが、それが本当になってしまいました。

 先日、おおきな木野外塾では、富山県南砺市まで雪国体験に行ってきましたが、そのバスの中の余興では、小学生たちの間から「プーチン憎し」の声が上がっていて、ちょっとびっくりでした。「あったらいいなあ、こんな薬」というやりとりでは、「空を飛べるようになる薬」とか「勉強しなくても賢くなれる薬」とか、いろんな答えが子どもたちから返ってきますが、「プーチンを殺せる薬」というのも出てきて、みんなの賛同を得ていました。毎日、ウクライナから届く悲惨な映像を子どもたちも憤って見ているのでしょう。

 ロシア軍による無差別攻撃は、住宅や幼稚園、小学校、病院、駅、ショッピングモールなども標的にし、避難者たちが大勢集まる劇場まで破壊しています。傷ついた人々、泣き叫ぶ子どもたち、家を追われ家族が引き離された人々。目にする光景は地獄です。プーチンは鬼にしか見えないでしょう。

 こんな非人道的な残虐行為が、一大国の一方的な大義によって堂々と繰り返されていることがとにかく信じられません。今はいったいいつの時代なのかと目や耳を疑ってしまいます。第二次世界大戦中に日本やドイツが行ってきた侵略戦争、アメリカが主導してきたベトナム戦争やイラク戦争などが頭に浮かびますが、どんな大義があろうと正当化される戦争などそもそもないと思います。ましてや、民間人を標的にして殺戮を繰り返し、降伏を迫るなどとんでもない話で、鬼のプーチンをなんとか退治できないものかという気持ちを持っているのは、子どもたちだけではありません。

 ロシアのウクライナ侵攻はこの先どんな道筋をたどるのでしょう。たとえ、ウクライナが降伏したとして、ロシアはこの先どうするつもりなんでしょう。この文章を書いている時点で、ウクライナの国内外への避難民は1,000万人を超え、亡くなった人は数千人。亡くなったロシア兵の数も数千人と言われています。ロシアでも戦争反対のデモが起きていますが、参加者は捕らえられ、多くのロシア国民は真実を知ることもできない状態です。満州事変に始まり太平洋戦争へと突き進んでいった我が国の一時代もおそらくこんな状態だったんじゃないでしょうか。このプーチン独裁国家も国際社会でまともに生きていける道があるとは思えません。

 遠く離れた日本にいて、私たちにできることは何かあるでしょうか。それは、ウクライナ国民に何らかの支援を届けること。そして、”STOP WAR” の声を上げ、平和の大切さを訴えることではないかと思います。

 

戦争は 人が死にます

戦争は 住む家をなくします

戦争は 家族を引き裂きます

戦争は 愛する人を奪います

戦争は 子どもたちの希望と未来を奪います

戦争は 勝っても負けても悲しみをもたらすだけで

戦争は 勝っても負けても幸せにはなりません

平和とは?

ひとことでいえば 戦争をしないことです

  ”STOP WAR”

 

おおきな木 杉山三四郎

「野力(のぢから)」で育つ子どもたち

 おおきな木では、自分の趣味(?)も兼ねて、野外塾という活動を続けてきました。当店の開店と同時に始めたので、4月から第29期を迎えることになりました。僕の思いはただひとつ。「子どもを自然の中で思いっきり遊ばせたい」、これだけです。

 毎月、四季折々のいろんなプログラムを用意していますが、1月には、岐阜市の最高峰 百々ヶ峰(どどがみね/標高418m)の麓に広がるながら川ふれあいの森のキャンプ場を拠点に「冬のデイキャンプ」を開催しました。寒くなると参加者も少し減りますが、それでも総勢40人弱の親子が集まりました。寒いのでたき火をガンガン燃やします。薪は全部現地調達。多少濡れていようが、頭と体を使えば燃えます。このたき火で料理もします。たき火で焼きたい食材をみんなそれぞれが持ち寄ってくることになっているので、「持ち寄りたき火料理」と言っていますが、ソーセージ、ピザ、焼きイモ、焼き鳥、おもち、焼きおにぎり、干物、ラーメン、カレーライス、ポップコーン、チーズフォンデュ…、みんなが何を持ってくるのかいつも楽しみです。

 虫好きの子たちは冬でも虫さがしに夢中になります。朽木を崩したり、腐葉土を掘ったりして、冬ごもりをしているいも虫(幼虫)や成虫を探ります。宝さがしをしているみたいなもんで、大人もハマります。この日も、一番のおめあてのクワガタの幼虫や成虫越冬をしているコクワガタも発見されました。その他の甲虫類も出てくれば、ハチやムカデなんかも出てきます。

 野外塾では毎回いろんなネタを用意はして行きますが、大人も子どももどんな風に時間を使おうが基本自由です。学校の行事のような時間割もなければ、「めあて」もありません。必要なのは3つの「間」だけです。自由に過ごせる「時間」、楽しく過ごせる「空間」、そしていっしょに過ごせる「仲間」ですね。

 コロナ禍においても野外塾はできるかぎり休まず続けてきましたが、こんなときこそ子どもたちに必要なのは、体力や免疫力をつけることだと僕は考えています。学校ではマスクやら消毒やらを強要されていますが、雑菌を遠ざけるようなことばかりやっていては免疫力はついていきません。まず、天気の良い日には紫外線を浴びて外で遊ぶことです。でこぼこ道を歩いたり、木登りをしたり、海や川で泳いだり、泥んこの中で遊んだりして体力をつけていくのが子どもです。

 また、歌ったりしゃべったり、泣いたり笑ったりすることも大事です。思いっきり呼吸をして喜怒哀楽を表現することも元気の元ですからね。今、みんなマスクという環境で、言語の発達が遅れている乳幼児が増えているという研究報告をされている方がありましたが、これは十分にあり得ることだと思います。言語は音声だけでなく、体全体でコミュニケーションをすることで獲得していくわけですから、唇の動きや顔の表情はとくに大事な要素です。そんな乳幼児にマスクをつけさせろと発言した大臣がいましたが、とんでもない話です。

 野外塾では、「自然の中で遊ぶこと、それが子どもたちの体力と生きる力を育てるのだ」という思いで、「野力(のぢから)」という造語を使っていますが、子どもたちに必要なのはワクチンよりも「野力」なんじゃないでしょうか。先日の「冬のデイキャンプ」では雪がうっすらと積もっていて、子どもたちは、僕が用意した遊びネタよりも雪合戦やそり遊びに夢中。そんな彼らを見ていて、つくづくその思いを強くしました。

おおきな木 杉山三四郎

新型コロナってそんなに怖い病気なの?

 またまたまたまた「まん防(まん延防止等重点措置)」が出てしまいました。今年に入ってからオミクロン株による感染者がうなぎ上りで心配していましたが、やはり出てしまいました。新型コロナの話は何度も書いているので、もういい加減にしたいのですが、書かずにいられないので、今回もまたコロナです。

 新型コロナ騒動が起き始めて2年が経ち、今までに何度もまん防や緊急事態宣言などが出ましたが、その効果ってどれほどあったんでしょうね。それなのに、そのせいで人の動きは止まり、企業の倒産や事業縮小が止まらず、店舗の廃業も相次いで、失業者は増えるばかりです。あたかも飲食店や酒の提供が感染に結びついているかのごとくですが、居酒屋クラスターって話はあまり耳にしませんけどね。それに、まん防によって打撃を受けるのは飲食店だけではありません。観光業、イベント業、みんな辛い思いをしています。1月23日に当店で行われた「新春恒例さんしろう絵本ライブ」も、ご予約をいただいていたお客様が100名ほどあったんですが、キャンセルが相次ぎ、60名ほどに減ってしまいました。ライブをサポートしてくれている2人のミュージシャンたちもまん防のせいで軒並み仕事がキャンセルになっていると嘆いてました。重点措置がどれだけ人を苦しめているのか分かっていただきたいです。

 これまた何度も同じことを言っているんですが、そもそも新型コロナ感染症ってそんなに恐ろしい病気なのでしょうか。今流行のオミクロン株は確かに感染力は強いと言わざるを得ませんが、重症化する人はほとんどいないんですよね。それどころか、ほとんどが無症状。無症状の人から感染する確率はすごく低いとのことですが、検査で陽性になったからというだけで感染者にされてしまいます。厚労省もWHO(世界保健機関)も「検査で陽性=感染者」ではないということを言っているのに、毎日、新聞やテレビで報告されている数字は、何もかも含めた数字です。そして、感染者の数は言っても、検査数は言わない。どうして?

 今や、マスクをしていようがこまめに消毒をしていようが、かかるときにはかかる病気だということが分かってきましたが、かかると面倒なのが怖いです。1人感染者が出ると、家族や会食をしていた人たちが濃厚接触者に認定される。すると自宅から出られなくなり、さらに検査で陽性となると療養施設という名のホテルの一室に2週間閉じ込められる。想像しただけで気が狂いそうです。家族みんなピンピンしているのに、幼い子どもとも引き離されてしまっている人もいます。そして当然の如く長期にわたって仕事もできなくなるんです。とんでもない人権問題だと思われませんか?

 それに自粛要請がされると人の心がすさみます。みんなで我慢しようという社会は「監視社会」になっていきます。田舎の小さなコミュニティでは、感染者が転居せざるを得なくなったり、自殺に追い込まれた人もいると聞きました。今まで、インフルエンザにかかったからといってこんな目にあった人はいたでしょうか。ほんと怖いのは、病気よりも人の心です。

 ワクチンの効果もどうだったんでしょうかね。この騒動を早く収束させたいとの思いで、今までインフルエンザワクチンすら打ったことなかった僕もいち早く打ちましたが、結局、今このざまです。3回目を打ってもまた同じ繰り返しになっていくんじゃないでしょうか。見事に騙されていた。今そんな気持ちです。

おおきな木 杉山三四郎

夢の世界ってどうなってるの?

 またまた新しい年を迎えました。コロナ騒ぎがなかなか収まらないなか、さて今年はどんな年になるのでしょうか。昔の人は、初夢にどんな夢を見るかでその年の運勢を占ったということで、今でも耳にする「一富士、二鷹、三茄子」という縁起がいい夢ベストスリーは江戸時代の頃からあったようです。富士山や鷹は何となく縁起がいい感じはしますが、3番目の茄子(なす)のどこが縁起がいいのかよく分かりません。その当時はナスは高級野菜だったのかもしれませんね。「成す」に掛けているという説もあるようです。

 それはさておき、皆さんはいい夢を見ておられますか。僕が見る夢はほとんど悪い夢ばかり。一番多いのは、迷路のような屋敷に迷い込んでトイレを探す夢。『もっちゃう もっちゃう もう もっちゃう』(土屋富士夫 作・絵/徳間書店)という絵本がありますが、それと同じようなことが起きています。トイレを探していろんな部屋の扉を開けるんですが、「えーっ、ここでするのー?」といった場所ばかり。この絵本の主人公は子どもだけど、僕は大人なのでお漏らしはしませんけどね。どうもすみません、新年早々尾篭な話で…。

 他によく見る夢は、何かに追い詰められている夢。子どもたちを引率して海外に行かなくてはいけないのに、大勢の子どもたちとキャンプをしていて、ろくに用意もできてない状態で空港に着いたものの、集合時間はとうに過ぎていたという夢です。おそらく、何かの原稿の締め切りが迫っているのに、何も閃かないといった状況において見ているのかもしれません。

 僕の夢には子どもたちがしょっちゅう登場しますが、これは仕事柄でしょうね。僕の言うことなど誰も聞いてくれなくて、「みんな集まれー」と言っても誰もそばに寄ってきてくれない夢とか…。次の日、野外塾や絵本ライブがあったりするときに見てるのかもしれませんが、本番ではここまでひどいことは起こらなくて、楽しいひと時を過ごしてホッとしています。

 たまにいい夢も見ます。珍種の蝶々に次々出会う夢とか、美女に囲まれている夢とか。でも、いい夢は目が覚めたときのがっかり感が半端ないですよね。「なんだ、夢か。ここにこんな蝶がいる訳ないよな」、「そうだよ、オレがそんなモテるわけないわな」と、現実と向き合わなくてはいけませんからね。

 今年はトラ年、ということでご紹介したい絵本が、『とらのゆめ』(タイガー立石 作・絵/福音館書店)。我が家では、息子が幼少の頃に好きだった絵本なので、思い出の一冊です。主人公はトラのとらきち。なぜか緑色をしてます。表紙には木が3本描かれていて、よく見るとその木の緑色の部分がトラの形をしています。宙に浮いた立方体の物体が溶解してとらきちに変化し、夢の世界へ出て行くという不思議な絵とストーリー。池で遊んでお日様に照らされると、とらきちはスイカのように変化したかと思うと、徐々にだるまさんに変身。でも、とらきちは自分が変身しただるまさんとバイバイするんですね。もう訳が分かりません。

 ま、この訳が分からない展開を見せるのが夢の世界なのですが、ポップアーティストのタイガー立石さん(1998年に56歳で亡くなられています)の手にかかると、この不思議な世界を紙の上にちゃんと具現化してしまうんですね。ひょっとしたら、夢の時間を生きる幼い子どもの頭の中ではこんな映像が流れているのかもしれないと思ってしまいます。

おおきな木 杉山三四郎