絵本コンシェルジュ 杉山三四郎のメッセージ

私は、絵本というのは、人と人とがつながるコミュニケーションツールだと思っています。

絵本のよみきかせは、読み手と聞き手が生の声でつながる時間です。

読んでもらう子どもたちにとって、絵本の世界は、読んでくれた人の温かみとともに、将来にわたって心の宝物となって残っていくのです。

最近では、パソコンやスマホに子守りの役目をさせている親御さんも多いかと思いますが、やはり大切なのは、親子が生の声、生の言葉でつながる時間をたくさん持つことではないでしょうか?

 

絵本選びでお悩みの方は、ぜひご来店の上、私や当店スタッフに声をかけてください。お子様にぴったりの絵本をお選びします。

遠方の方は、本の定期購読「ブッククラブ」をご利用ください。


この星に、戦争はいりません

 今年も残すところあと1か月。もうすぐクリスマスがやってきますが、クリスマスが特別な日であることを改めて教えてくれる絵本があるのでご紹介します。『戦争をやめた人たち…1914年のクリスマス休戦』(鈴木まもる 文・絵/あすなろ書房)。

 第一次世界大戦が始まった年にヨーロッパ戦線で本当にあった話をもとに描かれています。12月24日の夜のこと、イギリス軍の兵士が撃ち合いに疲れて塹壕に身を隠して休んでいると、どこからか歌声が聞こえてきます。なんとその声は鉄条網をはさんで対峙するドイツ軍の塹壕から聞こえてくるではありませんか。イギリス兵たちもよく知っているクリスマスの歌「きよしこの夜」です。すると、イギリス兵たちもそれに合わせて歌い始め、今度はその声がドイツ兵のところにも届き、拍手が起こります。言語は違ってもキリスト教徒なら誰でも知っている歌がその後にも両軍の塹壕で続きます。

 そして、その翌朝のこと、一人のドイツ兵が武器を持たずに塹壕を飛び出し、イギリス軍の方に向かってきます。イギリス軍は銃を構えるのですが、一人の若者の兵士が銃を持たずにそのドイツ兵に近づき、二人は握手を交わします。すると、両軍の兵士たちは全員塹壕を飛び出し、相手の兵士と「メリークリスマス」と挨拶を交わし、故郷にいる家族の話などで盛り上がり、誰かが上着をまるめてサッカーボールを作ると、サッカーが始まったのです。それは夕方まで続いたそうです。

 残念ながらそれで戦争が終わったわけではなくて、その後4年も続いたのですが、その兵士たちは戦場に出ても銃を相手に向けることはなかったそうです。。

 「いっしょに笑い、遊び、食事をし、友だちになったから、相手にも故郷があり、家族や子どもがいることがわかったからです。国を大きくするために戦争をするより、大切なものがあることがわかったから、この人たちは、戦争をやめたのです」。この絵本はそう締めくくっています。 

 今、連日テレビや新聞で伝わってくるのが、イスラエル軍によるガザ侵攻のニュース。イスラエル軍はガザ地区住民が避難している学校や病院などを攻撃し、今朝(11/23)の新聞によると、ガザ側の死者は14,000人を超え、そのうち5,000人以上が子どもだというではありませんか。イスラエル軍の言い分は、病院の地下にイスラム武装組織のハマスの司令部があるからだと攻撃を正当化しようとしていますが、だからといって何の罪もない市民を巻き添えにしても構わないのかと言いたいです。軍は、病院の地下にトンネルが見つかったとその映像を公開していますが、今どきそんなのはいくらでも捏造できる訳で、何の証拠にもなっていないと思います。

 日本では、岸田内閣は防衛費を増額して、敵基地攻撃能力を備え、先制攻撃も辞さないという動きを見せています。国を守るためには武器は必要なのでしょうか。子どもの頃、喧嘩をすると、先に手を出した方が負けだよと教えられてきましたが、今回のガザ侵攻も先に手を出したのはイスラム武装組織のハマスの方で、イスラエルに反攻の口実を与えてしまいましたよね。どちらの側に立ってみても、改めて「武力では何も解決できない」と強く思います。暴力は憎しみの連鎖を生むだけです。人の命を奪い、多くの悲劇を生むだけです。

 この絵本を描かれた鈴木まもるさんは、あとがきで「この星に、戦争はいりません」と締めくくられています。この思いを世界中の人々に送り届けたいです。

おおきな木 杉山三四郎

岐阜市にチンチン電車があったころ

 当店で今大変よく売れている絵本があります。『100歳になったチンチン電車──モ510のはなし』(小島こうき作、斉藤ヨーコ絵/幻冬舎)。岐阜市にはかつて路面電車が走っていましたが、その中に、モ510形という、なんと大正15年に製造された車両がありました。前面が半円形になっていて、前方と後方のドアの後ろに楕円形の窓がついているので「丸窓電車」と呼ばれていて、鉄道マニアの間でも人気の電車でした。この絵本の主人公はこの丸窓電車で、電車とお客さんとの会話でお話が進んでいきます。

 岐阜市の路面電車がすべて廃線となったのは2005年(平成17年)のこと。多くの市民に惜しまれながらモータリゼーションの波に呑まれる形で廃線となりました。もう20年近くも前になるんですね。この絵本にはそのころの岐阜市の街並みがリアルに描かれていて、岐阜市で生まれ育った僕としてはどれも懐かしい風景です。描かれている本屋さん、レコード屋さん、百貨店などは今はどれも姿を消してしまいました。

 この絵本には、徹明町駅から一人のおばあさんが乗ってきて谷汲(華厳寺という有名なお寺があります)まで行くという場面があります。徹明町というのは繁華街の柳ヶ瀬のとなり駅で、ここからは関市や美濃市に向かう美濃町線と、現在の本巣市や揖斐川町に向かう谷汲線や揖斐線などが出ていました。

 おおきな木が始まったころ、野外塾の昆虫採集プログラムは忠節駅に集合してこの谷汲線に乗って行ってました。のんびりと走る電車ですが、子どもたちは大喜びで、一番前にへばりついてガタンゴトンという音に魅せられていました。僕自身も小学生のころ、この谷汲線で虫採り(おもに蝶々)に行っていて、尻毛(しっけ)、又丸(またまる)というおもしろい名前の駅が続くところが大好きでした。しかし、この谷汲線は市内線より早く2001年に廃線になってしまいました。

 渋滞解消がおもな理由だった廃線でしたが、聞くところによるとあまりその効果は出ていないようだし…、今チンチン電車があったらなあ、と思うことがよくあります。富山や熊本、松山など、路面電車が今も活躍している町に行ったことがありますが、どこも活気があるような気がします。観光地にはだいたいこの電車で行けるようになってますしね。岐阜も鵜飼が行われる長良川や岐阜城のある金華山などに電車で行けるようになっていたら、もっと観光客も集まるのではないかと思います。知らない人にとったら、バスはどこに行くのか分からず不安がありますからね。

 昨年秋の「ぎふ信長まつり」に、キムタクこと木村拓哉さんや岐阜市出身の伊藤英明さんが騎馬武者行列に参加したり、今夏は長良川の花火大会が復活したりでちょっと盛り上がってきた我が町岐阜市ですが、先日悲しいニュースがありました。柳ヶ瀬の高島屋が来年7月をもって閉店が決まったとのこと。岐阜県唯一のデパートが消えてしまうわけで、全国で4番目のデパートなし県になるんだそうな。地下の食品売り場ぐらいしか利用したことがなかった高島屋ですが、なんか寂しいです。考えてみればチンチン電車もそんなに利用したわけではないので、赤字経営でも何とかしろなどと偉そうなことは言えないですけどね。

 おおきな木もいつかはチンチン電車のように消えて行く日が来るのでしょうが、まだしばらくは頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

おおきな木 杉山三四郎

歌って笑って…、免疫力をつけましょう!

 先月に引き続き、10月発刊の新しいCD「杉山三四郎絵本をうたう⑤ 笑おう!」の話になりますが、お付き合いください。

 このアルバムのタイトル曲『笑おう!』(作詞・作曲:杉山三四郎)ですが、3年ほど前、コロナ禍で作った歌です。この年、新型コロナウイルスが日本にも上陸し、各地でクラスターが発生。緊急事態宣言が出るわ、全国一斉に学校が休校になるわ、有名人がコロナで亡くなるわで大騒ぎ。楽しみにしていた僕の公演活動はすべてキャンセル。主催行事はやっても人が集まらないので何もできず。店も閑散として、この先食べていけるんだろうかと不安な毎日を過ごしてました。

 当店主催の野外塾も緊急事態宣言が解除されるまで活動が制限され、解除直前の5月31日に、延期されていたデイキャンプを行いました。この日のキャンプは今でも忘れはしません。朝からずっと雨だったにもかかわらず大勢来てくれたんです。家にずっと閉じこもっていた子たちがストレスを発散しました。みんな楽しみに待っていてくれたんですね。さすがは野外塾生。涙が出るほど嬉しかったです。この年は特例で中途退会も受け付けたんですが、やめられた方はほんの数名でした。

 その後、野外塾は沖縄ツアー以外のプログラムは予定通り行いました。野外の活動だし、いわゆる「三密」ではないので、マスクをしたり消毒をしたりなどの注意をしながら続けました。考えてみたら、感染症と言われる病気は何もコロナだけではないし、人間の生活圏はウイルスや雑菌だらけです。だからといって家に閉じこもってばかりいたらどんどん体が弱ってしまいます。病気に勝つために一番重要なことは何かと言えば、自己免疫力をつけることです。ストレスを溜めないように、「食う、寝る、飲む、出す」。お風呂で体を温める。そして、紫外線を浴びて遊ぶことと、仲間と楽しい時間を過ごして笑うことが大事です。くよくよしてばかりしてないで、前を向いて歩いて行こう! そんな気持ちを鼻歌で歌ってできた歌が『笑おう!』でした。

 さて、今回のCDですが、収録した10冊の絵本はどれもユーモアに溢れたものばかり。作者の遊び心が詰まっています。

 たとえば『ブロロンどろろん』(高畠那生作/小学館)。道にこぼれていたペンキが車で飛び散って、歩いていた人の影が壁に現れるなんてことは実際起こるわけないんだけど、絵本になると起きてしまう。現実味があるというか…? あったらおもしろいだろうな、という気持ちがリアリティを生んでるんでしょうね。

 そして『うし』(内田麟太郎作、高畠純絵/アリス館)。「牛」と「後ろ」をかけて、牛がエンドレスでつながっていくという強烈(?)なイメージを作ってしまったんですね。言葉で遊びまくっている麟太郎さんのほくそ笑いが聞こえてきそうな絵本です。これを絵本にしてしまった純さんはすごいと言わざるを得ません。

 その他の絵本も遊び心が詰まっていて、録音では、編曲をしてくれた野々田万照さんやコーラスを担当してくれた清水千華さんが自在に遊び心を発揮して本当に楽しいアルバムになっています。また、濃厚なさんしろうファンである「ことば塾」の子たちも録音に参加してくれて、元気に弾けています。僕のCDはご家庭や保育現場で使われていることが多いですが、今度はみなさんの遊び心を発揮していただいて、歌って、踊って、笑って、自在に絵本を楽しんでいただければと思います。

おおきな木 杉山三四郎

愉快で煌びやかなサウンドに <新刊CD10月リリース>

 毎年毎年、夏はあっという間に過ぎてしまいます。当店が主催する「おおきな木野外塾」では、キャンプやらツアーやらのお泊まりイベントが4つ。台風のせいで日程変更などもあり大変でしたが、何とか無事に終えることができました。また、今年は感染症対策が緩和されたおかげで「さんしろう絵本ライブ」の出張公演が7〜8月に8本。年甲斐もなく(?)よくがんばりました。野外塾もライブも子どもたちのパワーをもらうことができるので、僕の「生きる源」になっています。

 そして今夏は、そんな過密スケジュールの隙間を使ってやり遂げたことがあります。10月発刊予定で制作を進めている新しいCD「杉山三四郎絵本をうたう⑤ 笑おう!」の録音です。これがまた楽しい作業でした。

 今回の制作は、ミュージシャンの野々田万照さんとの出会いからスタートしました。万照さんのことは10年以上も前から彼のライブやイベントには参加していて、音楽性はもちろんのこと、エンターテイナーとしてもすごい人なので、僕もファンの一人だったのですが、僕のライブを長年サポートしてくれているヴォーカリストの清水千華さんの仲介で、万照さんに編曲と録音、そして演奏までをお願いすることができました。

 万照さんのことをご存知ない方のために少しご紹介しておきます。肩書きは、サックス奏者、音楽プロデューサー、シンガーソングライター、編曲家ですが、カレー研究家とか川漁師という顔も持っているマルチな人です。30年ぐらい前から、「高橋真梨子ヘンリーバンド」のメンバーとして、全国ツアーに参加したり、NHK紅白歌合戦にも4回の出場を果たしています。今年は高橋真梨子さんのツアーがなく、そのおかげで、僕の依頼を引き受けていただくことができたのかも…。

 新しい CDに収録する歌は、絵本の歌が10曲と大人向きのライブで歌っているオリジナル曲3曲。この13曲のデモ音源をまず万照さんに聞いてもらったところ、すごく面白がってくれて、編曲が上がってくるのを首を長〜くして待っていたところ、次々と送られてきました。レゲエだったり、ハワイアンだったり、ボサノバ、歌謡曲、ブルーグラスなど、多彩な曲調になっているし、遊び心も随所に散りばめられています。

 遊び心といえば、今回もコーラスで参加してくれた清水千華さん(ちかちゃん)もめちゃめちゃ録音を楽しんでくれていて、もうやりたい放題(?)。長年付き合ってきたけど、こんな才能があったとは! びっくりです。今回は「おおきな木ことば塾」に来ている子たちやお母さんたちも録音に参加してくれましたが、そのコーラス指導もちかちゃんが引き受けてくれました。

 録音はマンテル・ミュージック・スクールのスタジオを貸していただくことができたし、万照さんやちかちゃんの絶妙の指導のおかげで僕の歌もノリノリです。楽器もギターだけでなく、ウクレレ、バンジョー、ハーモニカの演奏もOKをもらうことができて、がんばりました。そして、万照さんのサックスによるご機嫌なアドリブが入り、万照さんの仲間のミュージシャンたちもエレキギターやマンドリンの演奏で参加してくれて、じつにいい味を添えてくれてます。

 自分が作った曲がこんな煌びやかなサウンドに生まれ変わって嬉しいかぎりですが、皆さんにもきっと喜んでいただけると思います。ご家庭や保育・教育現場でどんな風に楽しんでいただけるか楽しみにしています。

※CDの収録曲は最後のページをご覧ください。

おおきな木 杉山三四郎

大自然を満喫! 立山黒部アルペンルート

 梅雨が明け、本格的な夏に突入しましたが、先日、まだまだ梅雨の真っ只中に、2泊で立山に行って来ました。昨年10月に引き続き今回で4回目ですが、夏は初めて。高山植物や高山蝶との出会いが楽しみです。

 立山黒部アルペンルートはマイカー規制がされていますから、富山地方鉄道の終点立山駅に車を置いてから、ケーブルカーで標高977mの美女平まで、7分で一気に500m登ります。そこからはバスで、標高2000m前後に広がる、弥陀ヶ原、天狗平といった広大な湿原を通って1時間弱で標高2450mの室堂バスターミナルに着きます。室堂平は、ミクリガ池やミドリガ池といった火口湖や、有毒ガスを含んだ噴煙を吹き上げる地獄谷があったりと変化に富んだ高原で、高山植物のお花畑が広がっていて、ナナカマドやハイマツなどの低木が生い茂り、天気が良ければ、まさに天空の楽園です。

 しかし、梅雨の真っ只中とあって今回もお天気には恵まれませんでした。初日、自然観察のガイドツアーに申し込んだのですが、雨と強風のため中止。しかも寒い。ダウンパーカーやレインスーツに身を包み、まずは予約をしていた山小屋に。ここは地獄谷のすぐそばにある宿で、硫黄臭が立ち込める野性味溢れる温泉が魅力です。なので、まずお風呂。すると、霧が晴れてきて立山連峰が姿を現してきました。よしっ、チャンス到来。宿を出て周辺を散策しました。まだ雪が残る山肌と池、そしてナナカマドの白い花が絶妙のコントラストを演じています。チングルマやハクサンイチゲの白い花、薄紅色のコイワカガミなどの群生。心が躍ります。今年は雪が少なかったせいで季節の進みが例年より2週間ほど早いみたいで、普段なら一面チングルマの白い花に覆われている季節ですが、すでに花が終わって、赤ちゃんのそよそよ頭のような実になっているものが多く見られました。これはこれで悪くないんですけどね。

 次の日は、というと朝から濃霧に包まれ、おまけに強風。これでは室堂にいてもダメかなと、黒部ダムまで行ってみることにしました。室堂ターミナルから、立山の雄山の地下をくりぬいたトンネルを走るトロリーバスに乗り黒部峡谷を望む大観峰へ。そこからロープウェイで黒部平まで下りてから、さらにケーブルカーで黒部ダムまで下ります。その日、室堂は一日中ひどい天気だったみたいですが、なんと黒部側は晴れていて、黒部ダムに堰き止められてできた黒部湖と、長野県との境となる後立山連峰が一望できて、絶景を満喫しました。ここでも数多くの高山植物に出会いましたが、とてもこの欄には書ききれないのでやめておきます。

 そして、同じ道を引き返して室堂へ。室堂は濃霧&強風。でも、宿に向かう途中ライチョウの親子を見ることができてラッキー。この時期はひなを連れているので、可愛いですね。じつに癒されます。

 3日目も濃霧&強風。早々に室堂を引き上げて、弥陀ヶ原で自然観察ガイドツアーに参加しました。お天気は雨でしたが、ちゃんとガイドをしていただけました。湿地帯特有のニッコウキスゲ(富山ではゼンテイカというそうです)、ワタスゲ、ワレモコウなどが一面に咲いていて、湿原好きにとってはたまらない風景です。

 コロナ禍になる前の年、スイスのユングフラウやマッターホルンを望む雄大な山岳地帯で高山植物や高山蝶の撮影をしながら山歩きを楽しみました。またいつか行きたいとずっと思い続けているのですが、日本アルプスもスイスアルプスに負けてないかも…。

おおきな木 杉山三四郎

大人と子どもがいい関係でつながれる場に

 最近、また時どきマスコミやミニコミの取材を受けることが増えてきましたが、その時よく聞かれるのが、「どうしてこの店を始めようと思ったんですか? 『おおきな木』を始めることになった動機を聞かせてください」ということです。単純に言ってしまえば、僕は子どもが好きで、子どもと関わる仕事がしたかった、ということなんですが、もう少し突っ込んで言うと、「大人と子どもがいい関係でつながれる場所を作りたかった」ということがあります。

 では、僕が思うその「いい関係」とは? 大人と子どもの関係というと、親と子、先生と生徒だったりしますが、その両者が、教育する側とされる側という関係ではなく、共に育つ関係、すなわち「共育」という関係であることが子どもにとっては大事なのではないかと思うのです。子どもに、ああしろ、こうしろと指図ばかりする親よりも、自分が興味を持ったことに一緒に付き合ってくれる親の方がいいんじゃないかと。親の方も、親子で一緒に楽しめることを見つけていけばいいのです。親子で共通の体験をして、感動を共にする時間をもっと持ってほしい、そんなふうに思います。

 おおきな木が主催する野外塾もそんな時間を提供する場です。親子でいっしょに野山を歩いて、そこらに生えている草を食べておいしかったとか、川で遊んで、捕まえたエビやザリガニを食べたとか…。大人にとっても驚きがたくさんあると思います。子どものものだけにしておくのはもったいないです。そして、その親子で体験したことは生涯心の中に残っていきます。

 絵本を読むことも同じです。親子で一緒に絵本を読んで、笑ったり、驚いたり、泣いたり、歌ったりしたことは、子どもにとってだけでなく、親にとっても楽しい記憶として残っていきます。子どもが字を読めるようになってくると、「自分で読みなさい」と突き放してしまう親も多いですが、絵本を読む時間も子どものものだけにしてしまうのはもったいないです。二人で感動を共にする共同体験が大事なんです。

 僕が小学校時代に出会った先生で記憶に残っているのは、子どもたちとよく遊んでくれた先生です。プールで一緒に泳いでくれたり、ドッジボールで遊んでくれたり、昆虫採集に連れていってくれたりした先生がいました。もちろんその先生の授業も楽しかったです。我が子たちが小学校で出会った先生も、記憶に残っているのは一緒に遊んでくれたり、やんちゃな子どもたちをただ面白がって見てくれてた先生です。

 親や先生以外にも子どもは成長過程でいろんな大人に出会います。そんな大人の存在も結構大きかったりします。自分の子ども時代を振り返ってみても、何人かあります。魚とりに連れて行ってくれた親戚の叔父さん。プロ野球のナイターに連れて行ってくれた、母親が営んでいたパン屋の常連のお客さん。母はおおらかな人柄だったので、店のお客さんや出入りしていた業者の人なんかも家族の旅行やキャンプにもなぜかくっついてきてたりしていて、そんな人たちにも僕は可愛がってもらってたような気がします。

 こういう人たちをひとからげにして「謎のヘンな大人」と呼んでもいいと思いますが、子どもに対して、ああしろ、こうしろとうるさく注意するだけの大人でなく、ただ一緒に遊んでくれるだけの大人です。こんな「ヘンな大人」に僕もなれたらいいなあというのが、おおきな木がオープンした頃からの僕の願いでした。

おおきな木 杉山三四郎

雑多な大都会東京でディープな一日

 先日、2年ぶりに東京に行ってきました。昨年発刊された絵本『なきむしせいとく 沖縄戦にまきこまれた少年の物語』(たじまゆきひこ作/童心社刊)が、第54回講談社絵本賞に選ばれて、その贈呈式に出席するためです。毎年ご案内をいただくのですが、出席するのは初めて。定休日でもあり、日帰りで行ってきました。

 『なきむしせいとく』については、昨年、僕も中日新聞のこども文庫欄で紹介したりしていて、田島さんに直接お会いして僕の気持ちもお伝えできたらと思いました。授賞式では、選考委員の絵本作家長谷川義史さんが選評を語られていましたが、最近、日本は武器を増やさなくてはいけないという動きになっていて、非常に恐ろしい。それよりもっと大事なことがあるはずだ。そんななか、こうした悲惨な過去があったことを伝える絵本が大御所の絵本作家田島さんが描かれたことはすごいことだ。そうです、僕もそう思います。太平洋戦争で唯一地上戦が繰り広げられ、兵隊以上に多くの民間人が犠牲になった沖縄戦のことは忘れてはいけないと思います。田島さんはこの作品が出来上がるまで、何度も取材を重ね、沖縄戦を扱ったたくさんの本や手記を読んで打ちのめされ、それを絵本にしていく作業はとてもつらかったとおっしゃってました。

 二度と戦争を起こしてはいけない。このことを次の世代に向けて、折りにつけ発信していかなくてはいけません。武力で国を守ることなどできなかった国です。そのことを忘れてはいけません。それなのに…。平和って何なのか、いろいろ考えさせられた会でもありました。

 そして、せっかく東京に行くのだからと、仕事の打ち合わせを一件と、もうひとつ目的を作りました。小石川植物園です。NHKの朝ドラ「らんまん」の影響で町を歩いていても雑草が気になって仕方がないという方が結構あるようですが、僕もその一人で、東京に行ったら牧野記念庭園かここに行こうと思ってました。「らんまん」は、植物学者牧野富太郎の生涯をモデルにした物語で、小石川植物園は牧野さんが研究拠点としていた場所でもあって、このドラマに合わせて、「牧野富太郎と小石川植物園」という企画展示も行われていました。東京のど真ん中にありながら広大な森林公園で、ここに国内外から集められた無数の植物が生えています。今回はあいにくの雨でしたが、傘をさしてドラマの主人公万太郎のように目をキラキラさせながら2時間ほど歩きました。天気の良い日にまた訪れたい場所です。

 さて、一通りの用をすませてから、東京で仕事をしている娘を呼び出して、神田で居酒屋に。そしたらその近くにちょっと気になる看板が。「FOLK酒場Showa昭和」。これは行かねば、というわけで娘と同伴で店の扉を開けると、僕と同世代かつ同類と思われるおじさん、おばさんが席を埋めています。そして、ステージではギターで井上陽水の歌を弾き語っているおじさんが。ヤバいところに来てしまいました。スタッフもお客さんもみな顔見知りのような感じで、「順番が回ってきたらぜひ歌ってください」とのこと。先ほどからステージで演奏されていたのはみんなお客さんだったんですね。当然僕もギターを借りて歌いました。アンコールがかかったので、自分のオリジナル曲までやってしまいました。娘も豪華バンドをバックに堂々と歌ってました。

 というわけで、植物を愛で、平和のことを考え、おまけに歌まで歌って、東京という大都会の多様性と奥深さを体験できたディープな一日となりました。

おおきな木 杉山三四郎

いくつになってもフォークソング魂で

 今年3月、70歳になってしまいました。古来稀(まれ)なる長寿で、「古希(古稀)」といわれる歳です。

 ということで、昨日(4/23)、おおきな木2階で「杉山三四郎KOKIコンサート」を行いました。節目の年の記念にしたいという思いから、全曲僕のオリジナル曲で、5人のミュージシャンを迎えての豪華ライブを企画したわけです。5人のうち2人は、いつもサポートをしてくれているキーボードとベースですが、昨日はそれにサックス、ギター、パーカッションの3人が加わり、僕のオリジナル曲がじつにきらびやかなサウンドで生まれ変わり、絵本ライブでおなじみの『ぶきゃぶきゃぶー』なんかもすごいことになってました。全員が集まってのリハーサルは一度だけだったのですが、初めて聞く歌にバッチリ演奏を決めてくれるとこは、さすがはプロのミュージシャン。会場を埋めたお客様にもいっしょに歌っていただいたり、しんみりと聴き入っていただいたりで、楽しんでいただけたのではないかと思います。「入場料が安すぎる」というクレーム(?)もいただきましたが、集まってくれた皆さんに感謝です。

 話はずいぶん遡りますが、僕と音楽の出会いはいつだったのかなあと考えてみました。記憶にある初めての出会いは小学1年生。クラスの担任が音楽の先生で、授業で作曲を教えてくれたのです。4小節ぐらいの短い歌を作って楽譜に書く、という授業でした。このときに作った歌は今でも口ずさむことができます。ですが、その後音楽とはあまり縁がなく、どちらかというと小学生時代は昆虫採集の方にハマってました。

 ところが、中学生になって、音楽室で催された「レコードコンサート」で聴いた歌が心を揺さぶりました。そのころアメリカで流行っていたフォークソングで、ピーター・ポール&マリー(PPM)の『花はどこへ行った』『悲惨な戦争』などの歌です。英語の歌詞なのでその時は何を歌っているのかはよく分からなかったんですが、後になってそれらは反戦歌だったということを知りました。当時アメリカはベトナム戦争を続けていて、反戦歌の名曲がたくさん生まれました。クラスのHRでもみんなで歌いました。僕も貯金をはたいてギターを買い、学校に持っていったりもしました。

 高校時代には岐阜市内でもフォークソングのコンサートが開かれるようになり、高石ともや、高田渡、中川五郎、加川良、岡林信康などを聴きに行きました。フォークソングというのは、「世の中に対して言いたいことがあれば誰でも自由に歌っていいんだ」というひとつのウエーブで、それに僕もハマりました。僕も友だちとバンドを作り、作詞・作曲もし、文化祭で歌いました。大学でもフォークソング同好会に所属してましたが、ザ・フォーク・クルセダーズ、五つの赤い風船、かぐや姫、井上陽水、そして、PPM、ボブ・ディランなどの歌やオリジナル曲をコンサートで歌いました。

 その後、就職、結婚などを経て、人前で歌うことはほとんどなくなってしまいましたが、今の仕事をするようになってからはそんな機会もできるようになって、また歌をつくり始めました。そして昨日、「愛と平和を叫ぶ!」と銘打ってフォークソング魂(?)で歌いました。バンドのメンバーやお客様から感動しましたと言っていただけましたが、一番楽しんでいたのは僕自身だったことは間違いありません。

※今回は、若い方には聞いたこともないミュージシャンの名前が羅列されてますが、どうぞお許しくださいませ。

おおきな木 杉山三四郎

長野ヒデ子さんがボーっ?とやってくる!

 中日新聞の毎週月曜日に連載されている「中日こども文庫」の執筆を3年間(2か月に一度)続けてきましたが、先月が最後となりました。「いつも楽しみに読んでましたが、終わりなんですね」と、いろんな方々から惜しむ声をいただきました。多くの方にご愛読いただいていたことが分かり、とても嬉しいです。いつかはマウンドを降りるときが来るわけですが、自らの意思ではないので、少し心残りもあります。でも、その続きはこの欄で折に触れて書いていくことにします。

 さて、今年のこどもの日には、絵本作家であり、紙芝居作家でもある長野ヒデ子さんがやってきます。今までにも何度かおおきな木に来ていただいたり、ぎふメディアコスモスのイベントにも出演していただいたりしていますが、今回は紙芝居の魅力を伝えてもらって、親子で自分の紙芝居を作る「長野ヒデ子さんとかみしばいをつくろう!」というプログラムです。

 長野さんにお会いするのは、おおきな木25周年記念イベントのとき以来になりますが、長野さんからはしょっちゅうLINEでお知らせをいただいているので、なんかいつもお会いしているような感じです。何かいいことがあると誰かに伝えたくて仕方ないんでしょうね。でも、そのLINEが変換ミスやら無変換だらけで結構難解で、これを解読するのが僕の楽しみでもあります。たぶん、細かいことは気にせずに、まず嬉しさを伝えたいという気持ちがいっぱいなんでしょうね。

 昨日、長野さんの最新エッセイ集『絵本のまにまに』(石風社)が届きました。その冒頭、「先日インタビューを受けた雑誌で、私のことを『波の間に間に生きている人』と書かれていて驚いた」とありましたが、なるほどとうなずいてしまいました。波に逆らうことなくボーっと漂いながらも、自分の感性はちゃんと研ぎ澄まして自由に生きてきた方だと思います。

 「本には、その中身から自分の内面を育てる役割と、人と人とをつなぐ力がある」とも書かれています。ちょっと狭い捉え方になってしまうかもしれませんが、僕は絵本でそれを実感しています。そして、「子どもは生まれながらにして生きる力を持っており、子どもから教えられることは多い」とも。これも同感です。長野さんの絵本『せとうちたいこさん』(童心社)のシリーズや、わらべうたや遊び歌の絵本や紙芝居などを見ていると、子どものような「生きる力」を持っておられるからこそ生まれるストーリーなんだろうと思います。

 「ボーっとしている私はよく落し物をする」という話では、散歩の途中に身につけていたものを落としもするけど、拾い物もするそうです。スズキコージさんとの共作となる絵本『トコトコさんぽ』(鈴木出版)は、くまさんが次から次といろんなものを拾って身につけていく、昔話によくある積み重ね話です。僕は曲をつけて歌っていて、「あららららー!」と子どもたちとの掛け合いを楽しんでいます。しかし、この絵本は今品切れになっているので、同じ黄金コンビの『もりもりくまさん』を絵本ライブの定番にしています。こちらは、もりもりよく食べ、もりもり力持ちで、よく働いて、料理も得意というくまさん。この絵本も、「わお、わお、わおー!」と、子どもたちといっしょに吠えてますが、楽しい気分に満ち溢れていて、元気が出る絵本です。きっと長野さんの気分そのままなんだと思います。

 ボーっと感に溢れる長野さん。ほかほかとあったかい「鯛焼きのような女性」だと僕は感じています。

おおきな木 杉山三四郎

心と体のふれあいから言葉が生まれる

 先月は、おおきな木野外塾のことを書きましたが、今回は「ことば塾」のことを書かせていただきます。

 ことば塾も、野外塾と同様に、おおきな木の開店と同時に始めた活動です。あくまでも「子どもが主人公」の活動にしたいという思いで、発足当時、野外塾とことば塾を合わせて「こども塾」と呼んでいました。学校や学習塾などでは、子どもたちにあれもこれも教えなくてはいけないとカリキュラムや時間割がありますが、「こども塾」にはそれがありません。子どもたち自身が自分でやりたいことを見つける、大人はその手助けをしてやればいいんだ。そんなふうに考えました。

 現在、ことば塾の会員は3世帯6名。20年ほど前には40名ぐらいの会員がいたこともありましたが、働くお母さんたちがどんどん増えてきたこと、そして保育園だけでなく幼稚園も託児機能が増してきたことなどにより、平日の夕方に親子で参加することが結構難しい状況に変わって来たことが影響しています。それにこの3年のコロナ禍ですから、室内で濃厚接触バリバリのことば塾はちょっと敬遠されてしまいました。

 手前味噌になってしまいますが、僕のオリジナル曲に『この星にありがとう』という歌があります。

  手と手をつないで  顔と顔 微笑み

  生まれる言葉が  声になる あなたが

 そんな歌詞ですが、心と体のふれあいから言葉が生まれるんだ、そんな意味です。幼い子どもたちはいったいどんなふうに言葉を獲得していくのでしょうか。誰かが系統的に教えるわけではありません。親子のふれあいがあり、子ども同士でじゃれあって遊ぶという環境で自然に習得していくわけです。

 ことば塾で昔から続けている遊びがスキップゲーム。

スキップをしながら、「どてっ」とか「ぴたっ」とか「ぎゅーっ」といったオノマトペで、体を動かしたり、抱き合ったり、ウサギやカメになりきったり、そして、指名された子にタッチしたり、まさに、言葉が生まれるふれあいとまねっこのゲームです。

 そして絵本の時間。子どもたちに静かに読み聞かせるということはあまりしてなくて、いっしょに参加して歌ったり、叫んだり、体を動かしたりするような絵本がほとんどです。絵本の登場人物(動物)になりきって、劇遊びのようにまねっこをしてる子もいれば、僕の体によじ登ってくっつき虫になっている子もいます。「オレはジャングルジムじゃない!」と叫んでますが、こんなふれあいがまた楽しいんですよね。

 絵本を読んだ後には、おもちゃを作ったり、新聞紙や段ボールで遊んだりということをやっていますが、子どもたちは作ることが大好きです。新聞紙と段ボールはダイナミックな室内遊びの2大アイテムで、新聞紙のプールで泳いだり、段ボールで家や車を作って遊ぶ時間はほんと楽しくて、子どもたちは大興奮です。

 新型コロナの感染防止対策でマスク生活が続き、子どもたちはお互いの表情が見えなかったり、大声を出すことや触れ合うことも制限されてきました。様々な感性を育てる大切な時間を奪われてしまった子どもたちは、言語の発達や脳の発達にも影響が出ていると言われています。新型コロナが終息するなんてことは当面ありません。旧型のコロナやインフルエンザなどと同様、これからも付き合っていかなくてはいけません。いつまでも新型コロナを特別扱いするのをやめて、早くコロナ前の生活に戻さなくてはいけないと思います。

おおきな木 杉山三四郎

マスクを捨てて、野に出よう!

 おおきな木では、昨年の春から店内でのマスク着用を求める表示をなくしました。「マスクはご自由に。なしでもかまいません」と入り口に表示してあります。スタッフも必要なとき以外は外すようにしました。でも、ノーマスクで入店される方はほとんどいません。まだまだ感染者はそんなに減らないし、同調圧力の強いお国柄なので、お客様の反応が気にならない訳ではないのですが、「マスクをしてない人を見るとホッとするわ」と言われたり、今日初めてご来店された親子連れの方などは、僕がマスクをしていないのを見て、「お店の人がマスクをしてないなんて、素敵なお店ですね」などと言われてしまいました。もちろんその親子もノーマスク。素敵です。でも、それが普通なんですけどね。

 29年続けてきた「おおきな木野外塾」ですが、こちらも今年度からマスク着用を求めることをやめました。基本が屋外での活動なので、「屋外ではマスクを外すようにしましょう」という政府広報に従っているとも言えます。それに、今のオミクロン株は感染力は強いかも知れませんが、感染しても無症状か軽症で、とくに子どもの場合は重症化することはほとんどありません。

 おおきな木には、「野力Tシャツ」というオリジナル商品がありますが、子どもは「野力(のぢから)」で育つのだ、という思いで作った造語です。野生の力、英語で言えば “Wild Power” でしょうか? 自然の中で暮らしたり、遊んだりすることから得られる力で、子どもだけでなく大人にとっても大事な力です。

 野外塾で年間を通じて何度も行なっているプログラムがデイキャンプ。岐阜市内の秘密基地と呼んでいる場所で一日を過ごします。四季折々で、食べられる野草や木の実などを摘んでたき火で料理したり、昆虫や水の生き物採集をしたり、ロープコースを作って遊んだりといろいろ。いろいろ用意はしていくのですが、野外塾は「放し飼い」が基本なので、子どもたちはそれぞれ気の合う子たちとつるんで勝手に遊んでいます。鬼ごっこや木登りをしてる子もいれば、木の枝や葉っぱを集めてすみかを作ったり、落とし穴を掘ったり、刀や弓矢を作って戦っている子もいたり。中には一日中たき火のまわりに居座っている子もいます。最近の子は外で遊ばなくなったと嘆いている大人の方もありますが、決してそんなことはありません。子どもたちを自然のフィールドに連れて行って、自由に遊べる時間を作ってやればいいのです。あとは「野力(のぢから)」に任せましょう。

 コロナ禍において、子どもたちはマスク着用を強要されたり、大声で歌ったり喋ったりできないなど、いろいろと行動制限をさせられてきました。しかし、病気にかからないようにするために必要なのは、マスクをつけたりワクチンを打ったりすることではありません。何より大事なのは自己免疫力をつけることです。そのためには、屋外で紫外線を浴びて遊ぶことが一番です。そして、マスクを外して五感で自然の音や匂いを感じましょう。子どもは群れで育って行きますが、気の合う仲間たちとじゃれ合って遊んだり、大声を出したり、歌ったりすることも免疫力アップにつながります。

 マスクやワクチンでコロナ禍を終息させることはできませんでした。それどころか、マスクやワクチンやアルコール消毒が自然免疫力を下げているという指摘も数多くあります。感染症対策もこの春には緩和されるでしょうし、いつまでも同調圧力に負けていないで、「マスクを捨てて、野に出よう!」ではありませんか。

おおきな木 杉山三四郎

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原発や武器がなぜ今必要なのでしょうか

 1年が過ぎるのは本当に早いものですが、さて2022年(令和4年)はどんな年だったでしょうか。つい先日まではワールドカップで「ブラボー!」と盛り上がっていましたが、2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻は世界を震撼させました。もともと何をしでかすか分からない独裁者プーチンでしたが、ここまで極悪非道な指導者だとは誰が予想できたでしょうか。

 朝のワールドニュースでは世界のメディアが毎日ウクライナ情勢を伝えています。軍事施設にとどまらず、住宅、病院、学校、商業施設などの民間施設を狙った爆撃によって多くの罪なき住民が犠牲になり、原発を含む発電所などへの攻撃も始まってからは、飢えと寒さに苦しむウクライナの人たちの様子も伝えられています。

 このウクライナ危機は世界のエネルギー問題にまで発展し、日本でも電気料金の値上げなどに影響が現れています。12月23日の新聞各紙は、「GX基本方針案」というのが政府によってまとめられたということを報じています。脱炭素社会を実現するために原発の再稼働や運転期間の延長、そして新規建設にも取り組むと言っています。あの12年前の原発事故を忘れてしまったのでしょうか。信じられません。安全神話が崩れた当時、原発比率を徐々に減らし、将来ゼロを目指すという議論がされていたと思うんですが…。当時は民主党政権でしたが、自民党政権に替わってから原発政策は逆戻り。原発を止めるわけにはいかない抜き差しならぬ事情があるんでしょうね、きっと。

 脱炭素というのであれば、他にも再生可能なエネルギーはあるわけで、その検討もなくこうした決定に至ったのは、初めから原発再稼働ありきの議論だったんじゃないかとも疑われます。それに、今電力が不足しているというのであれば、節電をする方法はいくらでもあります。まず、エアコンの設定温度を見直しませんか。先日出席した会議では大きな会議室が暑くて、ジャケットを2枚も脱ぎました。名古屋のアップルストアに行ったら、ここも暑い。スタッフはみんなTシャツですよ。銀行も暑いし市役所も暑い。夏はどこも寒いし…。SDGs無視? これ、止めましょうよ。

 ウクライナ危機に乗じて、もう一つとんでもない閣議決定がありました。敵基地攻撃能力を保有するするために防衛費を1.5倍に引き上げる。そして、その費用は増税で賄うというものです。「安保環境が厳しくなっている」からという理由ですが、中国による台湾侵攻の気配や北朝鮮のミサイル実験などのことを指しているんでしょうね。しかし、日本がさらに武装するということになればそれらの周辺国は黙ってはいません。日本は戦さの準備を始めたと捉えますから、もし仮にそれらの国々が日本を狙っているとしたら、先制攻撃の大義名分を与えることにもなりかねません。

 世論も、ウクライナ危機があるものだから、増税には反対しても、防衛力増強には賛成の声が多くなっています。それが怖いですね。賛成してる人は、自分や身内の人が戦場に行って闘うことになるかもしれないんだという想像力は持っているのでしょうか。いったん戦争になったら、あの太平洋戦争の悲劇の繰り返しです。安倍政権以降、安全保障の危機を煽り、集団的自衛権の行使容認を閣議決定するなど周辺国を挑発するようなことをしてきました。いったいいつから日本は武装国家になったんでしょうね。そして、際限のない武装論につながる今回の決定は、本当に恐ろしさを感じます。

おおきな木 杉山三四郎